思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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四見一水 ~対立軸の社会学~





手を打てば猿沢の池(一水四見)

一水四見は人それぞれ異なった見方をして行動をする点に注目するが、人それぞれ異なった見方をするがゆえに生じる社会的結果(四見一水)については残念ながら充分に配慮が行き届いているとは言えない。

実は、世の中は対立軸で動く。もはや単なる西洋のキリスト教と東洋の仏教という比較論ではなく、むしろキリスト教が普及した対立軸の歴史と仏教が普及した対立軸の歴史というものが重要となる。


【西欧】

唯名論と実念論(普遍論争)

教皇派と皇帝派

カトリックとプロテスタント(16世紀)

【日本】

朝廷と幕府(12世紀末)

自力本願と他力本願(13世紀)


対立軸と言っても宗教分野に限らず、今や色々な対立軸の歴史があり、巨大メディアの影響によって主要対立軸が操作されてもいる。(西洋と東洋という対立軸によって、国内の対立軸を皮相化させることもある)



西欧の教皇派と皇帝派の対立は、日本の朝廷と幕府の対立と若干似ていた。



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  1. 2016/01/04(月) 09:16:25|
  2. 現代思想
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ざっくり感のギリシャ哲学史




(1)タレスとピュタゴラス

アナトリア半島西岸ミレトスのタレスは自然学(水を質料とした)、サモス出身ピュタゴラスは南イタリアのクロトンで数学を基軸とした。


(2)パルメニデスとヘラクレイトス

「在るものが在る」のパルメニデス(エレア学派)と「万物流転」のヘラクレイトス、ちょっぴり中世ヨーロッパの普遍論争と似た対立軸。アナトリア半島・エフェソスのヘラクレイトスと南イタリア・エレアのパルメニデス。


(3)エンペドクレス・デモクリトス・アナクサゴラス

パルメニデスとヘラクレイトスの両派が混在する中、四質料論や友愛と憎悪によって統一化と分散化を説明したエンペドクレス、"濃薄による物質と空間"や"質料にたいして形態・配列・位置"を示したデモクリトス、そして全体の混合状態(静的)にたいして非混合的な全体的ヌース作用(動的)を説いたアナクサゴラスが現れた。彼らはそれぞれ地域的に分散しており、アナクサゴラスによってアテネ哲学の地盤が出来上がったようである。


(4)ソフィストとソクラテス

ソフィストで有名なのはプロタゴラスとゴルギアス。アナトリア半島のアナクサゴラスを含めてトラキアのプロタゴラスやシチリアのゴルギアスと、地域的に分散した人たちがアテネで活動した時期である。(ソクラテスやプラトンはアテネ育ち)おおよそ相対主義の傾向にあったソフィストにたいして、ソクラテスは特に倫理的なアレテーの分野において普遍的理念を示し始めた。


(5)アンティステネスとアリスティッポス

小ソクラテス派の中のキュニコス学派アンティステネスとキュレネ学派アリスティッポス(北アフリカのリビア)。それはアレキサンダー大王遠征後のストア派とエピクロス派の対立へとつながった分野でもある。おそらくそれは、ソクラテス死後の「悪法も法なり」の雰囲気の中、新たな賢者論や幸福論の分野で生じた対立だったと考えられる。


(6)プラトン

プラトンは(5)のアンティステネスやアリスティッポスより若干若いが、同じくソクラテスの弟子。プラトンもソクラテスと同じくプロタゴラスの相対主義に反対し、感覚界をヘラクレイトスの万物流転状態と見なしてイデア界を並行対置させました。またピュタゴラス派の「万物は数なり」にたいして、プラトンは感覚界とイデア界の中間的特徴を有する数学として注意しました。(アリストテレス『形而上学』1巻6章)


(7)アリストテレスの形而上学

アリストテレスはアテネで活動しましたが、アテネ生まれのソクラテスやプラトンと異なってトラキア生まれ。つまりアナクサゴラス、プロタゴラス、ゴルギアスたちのような上京組(日本でたとえれば、アテネに拠点を築いたアナクサゴラスは江戸に拠点を築いた徳川組、そしてアテネへ向かったアリストテレスは東京へ向かった明治維新の薩長組)の立場にありました。そんなアリストテレスは『形而上学』においてタレスに始まる哲学史を組み入れて考察した感じです。



以上、ざっくり感のギリシャ哲学史はアリストテレス『形而上学』に基づいてまとめられました。極力労力を費やさないよう最低限の注目どころを説明しておきますと、(1)タレスから(3)アナクサゴラスまでの哲学史(『形而上学』1巻3章)、ソフィストとソクラテスの対立に入る前の(3)アナクサゴラス、エンペドクレス、デモクリトスらの哲学史(『形而上学』1巻4章)、そして(4)プロタゴラスの相対主義(『形而上学』4巻5章,11巻6章)に、ソクラテスからプラトンへの簡単すぎる概略(『形而上学』1巻6章)となります。なおピュタゴラス派とエレア派の南イタリアの影響(『形而上学』1巻5章)も参考にしたいところで、(5)アンティステネスとアリスティッポスについては重要視されていません。

大きな対立軸としては「タレスの自然学とピュタゴラスの数学」、「パルメニデスの普遍性とヘラクレイトスの個別性」、「プロタゴラスの相対主義とソクラテスの倫理的普遍」などがあり、普遍論争以降のヨーロッパ哲学においてもところどころにギリシャ哲学と似たような対立軸が現れている点に見どころがあろう。

たとえば最近では、科学史論における相対主義クーンと啓蒙主義ポッパーの対立軸が、相対主義プロタゴラスと普遍主義ソクラテスの対立軸と若干似ていた感じにありました。



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  1. 2015/11/09(月) 18:44:08|
  2. 世界史
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カーディナー『個人とその社会』1939




極論でまとめること、フロイトは構成員のパーソナリティが文化を作り、マルクスは文化が構成員のパーソナリティを作ると説明した感じでしたが、そこで随時なされている子供から成人への移行を考慮に入れて融合にしたのが、カーディナー(1891-1981)とリントン(1893-1953)の『個人とその社会』1939 のようである。それは育児慣行などの第一次制度によって子供から成人へのパーソナリティ形成がなされ、成人のパーソナリティによって様々な慣行の第二次制度が維持されて行くと言った感じである。

先行すること、ベネディクト『文化の型』1934 では四つのタイプが示されており、それぞれ異なった第一次制度で子供が育てられ、それぞれ異なった成人パーソナリティによって第二次制度が支えられていると予測できるわけだ。


そもそも個々人の成長に見られるような段階的集団性については、テンニース(1855-1936)のゲマインシャフトとゲゼルシャフト(1887)、クーリー(1864-1931)の第一次集団と第二次集団(1909)、マッキーヴァー(1882-1970)のコミュニティとアソシエーション(1937?)、フロム(1900-1980)の第一次的絆と第二次的絆(『自由からの逃走』1941)と似た表現が数々あったようです。

その中でも特にカーディナーとフロムの違いは重要であり、フロムの場合は教育心理学者たちへ第二次的絆への移行に関する暢気な審判席と安上がりな弄り用語を与えてしまった感じとなりました。カーディナーは様々な文化圏を理解するために子供から成人への移行を見ようとしたのに、フロムは第二次的絆に成功したとされる実態を詳しく調べて知らせて行くのではなく、第二次的絆に成功した者たちに第二次的絆に辿り着けないやつらをいじらせる武器提供者に留まってしまったのだ。

フロムは生存者に訴えられることないよう、宗教改革期のルターやカルヴァンを学問面をしながら解説し、こっそり武器の使い方を普及させたようなものだ。(私もフロムを習い、フロムの解説しよう)それは選挙で選ばれていない政治評論家が選挙で選ばれた政治家を偉そうに叩く姿と酷似しており、間抜けな批判が注目されることによって重要な批判が延期されてしまうことに気が回っていない。

よく『自由からの逃走』を読むがよい。フロムは従来のカルヴァンやルターに関する著名人の意見に批判を加えながら自らの意見を述べるのではなく、自分の理論を使ってもらうためにカルヴァンやルターについて説明するのみである。彼は心理学者ではなく、言論の自由を味方につけた心理解説者に過ぎなかったのだ。

ナチズムはヒトラーに扇動され、現代社会はフロムに扇動された。そしてナチズムに迫害された者はナチズムから離れて自分の意見を述べたように、フロム信者(左翼教育者)に迫害された者も彼らから離れて自分の意見を述べるようになったのであろう。(それぞれ自分に似合う、弱い者解説という形で)


話をカーディナーに戻すならば、そんな人物いじりの心理学を含む第一次制度の中でそれぞれ子供たちは成人化して行き、やがて第二次制度を支えて行く立場となる。そして第二次制度を支える一つの役職として、こっそりと心理学者も割り込んでいるわけである。(決して心理学者たちはこうした事情に触れることがないが、それも人物いじりの武器配布に限定された職業だから仕方がないと言えば仕方がない)

もはや心理学自体が吊り橋となって吊り橋効果が発揮されているのがわかる。心理学は人物いじりの武器であり、その恐怖を共有して仲間の結束が深まるのだ。一時期は教育心理学の恐怖にたいして結束した校内暴力もあったが、それも今ではダサいというのが常識で、上手に教育心理学を交わしながら、しかも弱い者をいじるのに応用するのが賢いのである。



遠くからいじめの道具を配布していた人々が、率先していじめの解決役に乗り出す。

何だか吊り橋も大きく揺れるので、「タブーにふれちゃいけない」という結束も深まります。



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  1. 2015/06/25(木) 00:00:00|
  2. 世界史
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ユング『タイプ論』1921




第一次世界大戦後、イギリスではマリノフスキーやラドクリフ=ブラウンの機能的人類学が現れ、フランスではモースの『贈与論』に至った。一方ドイツではシュペングラーの『西欧の没落』1918,1922 が話題の中、ユングの『タイプ論』1921 、シュプランガーの六類型(1921)、シェーラーの五類型(1926)、クレチュマーの『天才の心理学』1929 のような心理学的な分類が台頭し始めました。

いやはやイギリス・フランスの心理学とドイツの心理学、あるいはイギリス・フランスの人類学とドイツの人類学を比較するのではなく、イギリス・フランスの人類学とドイツの心理学の比較によって国状況を判定しようとするところなんかに、ちょっぴり姑息な反則感が感じられるかも知れませんが、そこは他の研究も考慮した上の判断だと大目に見てもらい、強いては心理学同士の比較や人類学同士の比較という研究課題も増えてワクワクしたい。


マリノフスキー(1884-1942)
モース(1872-1950)

ピグー(1877-1958)
ケインズ(1883-1946)

ユング(1875-1961)
シュプランガー(1882-1963)
シェーラー(1874-1928)
クレチュマー(1888-1964)

ヒトラー(1889-1945)
チャップリン(1889-1977)

フィッツジェラルド(1896-1940)
ヘミングウェイ(1899-1961)



1870年代から1880年代前半世代のヨーロッパにおける地域性、『日はまた昇る』1926 のロスト・ジェネレーション世代に注意。そして映画『独裁者』1940 に、ひとまずの地域差の結果が現れたのだ。

自分好みの心理学者や精神科医を窓口係に陳列させる港区に隠れた人事権。不都合な人事権を見つけた者にたいしては優遇陳列させた彼らを使って学問面しながら誹謗中傷させろ。きっと「おれたちロビー族」という権威を見せるつけることに大いに役立ち、自分をロビー役を見ながらロビー活動に励むであろうみんなの光景も想像の中に現れて気持ちよくなれよう。(もし都合が悪くなったとしても、「卒業」って名で何食わぬ顔で撤退させる、そんな危機管理も準備できてるし)

これ、心理学者や精神科医という肩書きの贈与。


だんご三兄弟(1999)


港区人事権の長男役が、質が悪い方のコメンテーターを三男役としてご優遇。二人で協力して次男役を「自分が一番」のナルシストと宣伝する。(スタップ細胞が三男役となって次男役を駆逐する。肩書き贈与してくださった人事権との互酬性)

まるで醤油ぬられながら、焦げ目のことで喧嘩だね?

やがてうっかり寝過ごし朝が来る。(スルー力のバブル化)


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  1. 2015/06/24(水) 00:00:00|
  2. 世界史
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