思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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ショーペンハウアー

天才と凡人の社会心理学の素地を示していたショーペンハウアーであるが、哲学史の中に彼を位置付けるにあたって、その天才論からはじめるのも一つの方法である。
ショーペンハウアーが天才論に触れるにいたった理由を察するには、著書「意志と表象としての世界」のタイトルの【表象】に象徴できるであろう。【表象】とはドイツ語でVorstellungで、おおよそ"前に立てる"に由来する心像、想像みたいな意味らしい。17歳までにフランスをはじめ各国のくらしを見てきているショーペンハウアーは、恐らく、人々が自らが抱いている表象、つまり知識や世界観によって行動しているのだとイメージし、国ごとのちがいを感じるにいたったと思う。そのためカントの「純粋理性批判」の継承の際には、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルの台頭にドイツ国内の偏狭な寄り合いと感じ、自らのカント継承に信念を抱いていたショーペンハウアーである。実際、フィヒテがナポレオン侵攻の際の「ドイツ国民に告ぐ」の講演タイトルに、その一端を感じておける。

そのショーペンハウアーの【表象】には、知識社会学へ至るほんの初期段階ではあるが、【知識所持の現実】についての解釈図式が現れていたと考えておける。カントの「純粋理性批判」1781、「意志と表象としての世界」の1819から、知識社会学のマンハイムの「イデオロギーとユートピア」1929までには100年近く離れているが、ドイツ思想界の変移を見る大まかな指針になりえる。ショーペンハウアーは、天才が同時代の評価を得られない可能性を自身の重ねている訳だが、その同時代の評価とは、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルへの人々の関心傾倒を意味しているとも言える。彼らはドイツ国内の盛り上がりをドイツ国内での盛り上がりと充分に理解していなかったが、各国を回ってきたショーペンハウアーにとっては、各国の盛り上がりを各国の盛り上がりと感じたゆえに、それぞれの国の人々の状況に様々な表象や様々な意志の現れを見たのだろうと言える。デカルトが「我思うゆえに我有り」に至ったのも、各国周遊の際、その場所その場所によって信じられている事柄が異なっていることに気がつき、誰もが疑いようのない確固たる真理について考え始めたことに由来したが、ショーペンハウアーは人々のそれぞれの"生きんとする意志"にたいして、"意志の否定"を求めたと言ったところだろうか。

(ただショーペンハウアーの言う【意志の否定】は"独立自尊の努力の否定"と考えた方がよいと思う。「意志と表象としての世界」第71節では、「我々が"生きんとする意志"それ自身であるかぎりでは、一方の"無"の方はただ否定として認識されるだけに留まる」と、存在論的な"否定"ではなく、ある状態からの認識論的な"否定"とされている。)

当時、ヘーゲルの「精神現象学」1806では【現象】の方を用いていたが、ショーペンハウアーは知識所持の現実、あるいは表象所持の現実を問題としていたがゆえに【表象】の方を選んだのだろう。後のフッサールの現象学も、ある面でショーペンハウアーの見方を受け継いでいるようだ。ただショーペンハウアーが「表象・意志」という存在論的な図式で解釈した傾向にあるが、フッサールでは[現象・意識]と認識論的立場にある。ショーペンハウアーの【意志の否定】を、新たな理論構築へ向かうのため方法として提示したフッサールの【判断中止】へと重ねてみるならぱ、ショーペンハウアーの功績と不備が少しは見えてくるだろう。

ほんの一端ではあるが、知識社会学の領域に触れたショーペンハウアーであると、彼の【表象】や天才論に私は見る。ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義精神」をショーペンハウアーの「表象と意志」に若干強引だが重ねたいと思う。つまり[プロテスタンティズムの倫理=表象]で[資本主義精神=意志]である。確かにショーペンハウアーは様々な人々の抱く理論と社会状況の関係について、全く形態論的素地すら進めてはいない。しかし天才と凡人の社会状況を示していたことから、様々な国のちがいを感じていた上で、様々な地域の凡人の社会勢力の形態を考察する領域に触れていると見なせるのである。ショーペンハウアーには社会学的な形態論は全くなかったが、ヴェーバーの始めようとした宗教社会学を発展させてゆくには、ショーペンハウアーの示した時代風潮に追従できない天才から見る、時代風潮へ追従してゆく人々についての意識態度が必要なのである。



ショーペンハウアーの「表象と意志としての世界」を理解するあたって、一つに諸外国を回った経験からドイツ文化を一文化と見ていていたこと、カントの「純粋理性批判」をめぐってフィヒテ、シェリング、ヘーゲルの潮流には同調できなかったこと、認識の仕方や物の考え方が人々の行動に関係していること、この三点に留意することを勧めたい。最後の知識と行動の関係について補足しておけば、天才と凡人のちがい(36節、49節)をはじめ、エゴイズムを「個体化の原理」にとらわれた認識に求めていたこと(65節)、「邪気は"意欲"にあるのではなく、"認識を伴った意欲"にある」(28節)や認識の意志への奉仕(27節、36節)が要になりそうである。ただ私の場合は、"認識の意志への奉仕"については、譲らされた思考という意味で"思考の社会観への奉仕"と考えている。


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  1. 2010/06/04(金) 00:09:34|
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