思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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毒舌の理由

80年代初頭の漫才ブームで活躍した島田洋七とビートたけし。彼らの舌は速く、次から次へと捲くし立てた。その言葉の連射攻撃は、たけしの側が洋七の影響を受けた結果らしい。

その二人には、ちょっとした共通点がある。それは洋七のがばいばあちゃんと、たけしの母北野さき氏の存在である。二人は先代の女性の、常識から外れた言葉に影響を受けている。一つには、ものの考え方で、こんなに気分が変わるものかと教わった。そして彼女らが一体どんなことを思って生きてきたのか、どうしてそんなことを言えるのか、また世の中をどのように見て来たかを、直接尋ねることなく察して来たのだろう。二人とも自分が彼女らに見られていることも感じていた。

何の因果か、漫才という商売を選んだ洋七とたけし。彼らは生計を立てようと漫才の修業を積む。しかし変なものだ。金になることも考えずに滲み出る彼女らの技。その影響を受けてる二人は、彼女らの視線を背中に感じる。

金とは何か?漫才とは何か?漫才ブームの頃は、がむしゃらに捲くし立てるのに忙しく、それほど考えてはいなかったかも知れない。しかし彼女らの存在の影響を、すっかり消せることはないのであり、その彼女らの影響がビートたけしの毒舌を支える一つにもなっているのであろう。

毒舌とは他者への嘲笑光線みたいなものである。幾らかの味方をつけた、幾らの敵にぶつける言い分である。

「赤信号、みんなで渡れば恐くない」

当時、どんな意味で聞こえていたのか、私にはよく思いだせない。今となれば、「みんなで渡れば時代は変わる」という改革理念と、「時代のせいにして、みんなで渡ってるぞ」という風刺理念の二面性を感じる。ひょっとしたら、赤信号とは、がばいばあちゃんと北野さき氏の意味があるのかも知れない。

たけしは赤信号さき氏と共に、時代のせいにして伝統を無視する大衆を風刺し、逆に赤信号さき氏を離れて、伝統改革の先導者として大衆を煽動するのだ。毒舌は他者への嘲笑光線だが、自分自身への嘲笑でもある。味方をつけて他者を嘲笑すのだが、その嘲笑している味方へも暗に嘲笑しているのである。ただ自らの知恵を誇示する勧善懲悪の毒舌だったならば、こんなに長期にわたって君臨しなかったであろう。まあ、ちょっと持ち上げすぎた感もするが、一応評価するところは評価しておきたい。ビートたけしが固執している事柄へのツッコミは、時期が来た時にしたい。

しかしその後のたけしを真似た毒舌調には、"がばいばあちゃんや北野さき氏のような視線に見られている自分"という意識みたいなものが、ほとんど皆無である。そんな方々には、70年代のそれぞれのカモメが飛び交おうとし始めていた頃の井上陽水「人生が二度あれば」72あたりを聞かせて、問ふてみたいね。「人生が二度あれば~」の次に続く文句は何だと思うか?ってね。

まあ、毒舌って言うものにも、種類があるってことだな、結局。




(ちなみに陽水さんも一緒に、考え中のようなので、答えは知りたい方は、がばいばあちゃんに聞いて下さい。嘘のがばいばあちゃんでも、やっぱり、がばいばあちゃんは、がばいばあちゃんなのです。)東へ西へ


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  1. 2010/05/25(火) 22:31:49|
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