思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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離婚同居

ふとNHKドラマの「離婚同居」題名を聞いて、昔の流行語、「家庭内離婚」85、「仮面夫婦」92が思い浮かんだ。何やら時代や世代の変化が、そこには潜んでいるのではないかと、直感した訳だ。

まず「家庭内離婚」なる言葉は、1980年の金属バット事件に代表される家庭内暴力、小説テレビドラマ化となった「積み木くずし」82・83など、家庭内の問題が注目されていた時代背景の下で、80年代に流行した語である。命名したのは当時20代後半男性の林郁であった。まあ熟年女性側としては、「亭主元気で留守がいい」86と、きっぱり離婚することによって家庭を離れるよりは、むしろ経済的安定を保てる家庭内離婚もまたよいと感じていたのかも知れない。

また伝統的忍耐の効用もなくなった当時、84年に一万円札も聖徳太子から福沢諭吉へと変えられた日本であって、一つの独立自尊の現れなのか、「オバタリアン」89といった活躍もあった。

一方、90年代初頭の「仮面夫婦」の場合は、当時50代前半女性の山下憲子によって命名された。世間体を気にする女性側の伝統的忍耐では、世間体という仮面と夫婦間の仮面が必要とされてきた。あの忍耐を卒業したオバタリアンには羞恥心のかけらもなく、そのずうずうしさには、あきれるばかりか、全く社会的に迷惑ではあった。しかし人には一つくらい長所というもがある。いや、そう信じなければならない。オバタリアンには、「仮面夫婦」に苦しむ熟年女性に大いなる勇気を与えたと再評価される日も、そう遠くない。

そんな偉大なる歴史を刻んできた日本。2007年から連載された漫画「離婚同居」も、今年に入ってNHKが抜擢するにいたった。

作者柏屋コッコは、1970年生まれの島根県出身の女性らしい。彼女自身はどうかわからないが、島根県女性には、独特のものを感じる。竹内まりや、田中美佐子、江角マキコが島根県出身で、悪口のネタにできる気張りがない性格と言うか、何かこちらが悪口を言って困らせようとしても何の効き目がないといった性格の持ち主ように感じる。島根県民性としては女性の方が精力的らしいから、その辺も関係しているのだろうか。

ところで島根の言葉使いで気になる点がある。それは標準語で「~していただくと、助かります」というところを、島根では「~していただくと、喜びます」と言うらしいのだ。「離婚同居」を持ちかける女性を設定できたのは、人が喜ぶことをしたいと思うことは当然とする島根県で育てられた意識によるのかと、何となく思えてしまう。女性は「離婚同居をしていただければ喜びます」という気持ちで夫に要求し、その要求に喜ぶ女性自身のために男性が動くことを自然と思っているような感じである。逆に標準語の「離婚同居をしていただければ助かります」のような控えめな要求では、強硬なる契約には漕ぎ着けれないし、また漕ぎ着けれたとしても、よそよそしく、当てつけの仮面夫婦的な冷たい契約の雰囲気に包まれてしまうだろう。

島根県民には、ひょっとしたら、「ツッパリ」や「ぶりっこ」の意味がわからなかったのかも知れない。勿論、そう呼ばれる事柄を認識は出来る。しかし、「ツッパリ」や「ぶりっこ」という言葉の、憧れやら軽蔑やらの意味を込めた会話の応酬について、わからないという意味である。「ツッパリ」とは恐縮を要求する権威への反抗で、「ぶりっこ」は恐縮社会にたいする世渡り上手計画である。つまり"恐縮意識"が深く関わりながら、互いに相手の社会的態度を色々と評価を下し合うのであり、それは日頃の「~していただくと、助かります」といった、相手に自身の恐縮を示す言葉と関係する。標準語圏では、普段から恐縮の度合いや失礼度、誠実度によって互いに評価し合っているのである。

しかし島根県民の「~していただくと、喜びます」では、お互いに恐縮の意識を感じさせない使い方である。江角マキコあたりのサバサバ感が、その一つの発展型かも知れない。「ショムニ」の左遷の意味は、彼女にはわかないのだ。確かに左遷されたことはわかっているのだが、左遷された時に生じさせなければならない落ち込みなどの気持ちがわからないのである。標準語の人々からすれば、その前向きさが魅力なのだが、彼女自身は、その「前向き」の意味さえも知らない。標準語圏では日頃のネガティブ思考を改善しようと前向きになろうと努力したり、その心理を突いて他者に前向きを勧める努力をするのである。島根県女性にとって、「ツッパリ」や「ぶりっこ」は外国語に相当する。ただ外国でくらすために覚えた単語である。また「前向き」も外国語であり、その人々が言葉を使っている状況は、異国文化の風習として見えるのだろう。江角マキコ個人としては、色々服装などに気を使ってはいるのだろうが、人々から見られることより、人を見ることの方に興味がある人物に思える。

そう考えれば、竹内まりやの歌詞にも島根県民性が認められる。

例えば、河合奈保子の「けんかをやめて」82では「私のためにあらそわないで」と記されている。標準語圏では自分のモテ振りをアピールしている感じを与えてしまうのではないかと、思い浮かんでしまって、なかなか書けない文句なのである。思わせぶりの態度の弄びの告白と「私のためにあらそわないで」の呼びかけの組み合わせは、恐縮についての相当の無頓着がなければ、到底書けない代物だと思う。もはや竹内まりやの作品、「元気をだして」84(唄・薬師丸ひろ子)は「前向きのすすめ」がテーマではない。島根県民の辞書には「前向き」の文字はないと私は見た。それはむしろ「島根娘が見た日本不思議発見」がテーマだ。その後90年代あたりから「前向き」、「ポジティヴ」、「プラス思考」などと、わざわざ口に出して騒ぎ始めた日本である。

話は「離婚同居」へ戻そう。作者の柏屋コッコは1970年生まれで、70年代文化は何気ない幼少期で過ごし、80年代の変化を学生友達と色々評価しながら育った世代である。「家庭内離婚」や「仮面夫婦」の言葉に新たな自身の視座を加えたのが「離婚同居」であろう。仮面夫婦は世間体と夫婦間の両方に仮面を被っていたが、しかし離婚同居は世間体の仮面は保ちつつ、旧夫婦間の仮面の方は、第三者を介入させずに外し、新しい同居契約をした、そんな物語である。もはや「昭和枯れすすき」74のような世間と闘う協力の恋は、もう歌えない。同居とは、もはや世間と闘う恋ではなく、世間と闘う個人同士の間の契約である。わざわざ「家庭」や「夫婦」に自分を縛って悩むのではなく、「離婚」と「仮面」の問題をよく吟味し、「同居」の利益と不利益を計算するのだ。

それは離婚同居の契約が行われることによって、社会生活における様々な局面、場面が新しく見えてくるしくみになっている。はじめの離婚同居の契約時に計算していた同居の利益や不利益では到底おさまらない、社会のしくみや個人の心理が少しずつ見えてくるギャグストーリーなのだろうか。

「離婚同居」の作者と「八日目の蝉の角田光代」は、ほぼ同じ世代の女性である。どうやらNHKは、80年代以降の様々な女性進出の多様化した形態を見てきて、「仮面夫婦」と「七日間の蝉」に問題提議をしたいのだろう。

しかし作者の柏屋コッコは楳図かずおやゴスロリの影響があるらしいから、また興味深い。


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  1. 2010/05/24(月) 17:43:17|
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