思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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夏目漱石 外発的開化

夏目漱石は、1911年の和歌山での講演「現代日本の開化」で、明治維新後の西欧文化導入の日本の状況を見て、「内発的開化」と「外発的開化」の違いを示した。そして、この漱石の示した対比は、今日でも関心のある人々の間では、度々触れられる事柄として受け継がれている。

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【内発的開化と外発的開化】

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大袈裟かも知れないが、このたった"内発的と外発的な開化"の対比による存在論的な解釈図式を追究することよって、新しい日本人論、あるいは世界史、言語学、文化人類学など、あらゆる分野への問題提議や新規解釈図式が生じ得るると、ここに記しておきたい。すでに述べておいたが、知識社会学がこれからの新しい解釈図式の担い手になっていくだろうことと、同じ方向に向かう領域にある。漱石以来今日を含めて、この内発的と外発的開化の対比をどのように議論してきたかという歴史経過によって、日本の歴史的考察もなされることになろう。

実際のところ、現在の日本において、漱石の示した内発的と外発的の対比を問題提議した場合、人々は一体何を考えるだろうか?様々な意見が出るだろうが、その事柄によってどんな議論がなさられるかによって、その議論自体が現在の日本の歴史的位置を示す歴史学の研究対象の題材となるくらい重要な対比に相当する。その議論で語られる言葉の中に、どんな明治維新後の外来思想が宿っていて、どんな日本古来からの見方が宿っているかが問題になりえるのだ。

要するに内発的開化とか外来的開化とかを考察するにあたっては、その考察する者の考え方自身が、明治維新以来の歴史的変化の延長にあることの自覚がなければならないのである。

一つ例をとっておくならば、「進化」という外来思想である。知識人自体が自らの持っている知識状況について、それを歴史的【変化】の延長として振り返らずに、ただ新しい【進化】した理論という宣伝文句を暗示しながら、現在の人々にわかりやすく説明している傾向が暴露されるだろう。「進化」という言葉の、人々の知識形態や思考形態に及ぼしている影響について考察できずにいる間は、漱石の対比図式から、まともな存在論的な解釈図式は導き出せない。

では、漱石が内発的外発的の対比を持ち出し得た事情は、何であろう。私は、漱石が俗物根性を意識していたことにあったと、思っている。俗物根性とは、ミーハーに近い気もするが、もっと流行先端や博学振りに憧れ、それを近所の人々の中での自己活躍に役立てることに必死な資質みたいなものだ。権威ある新しい知識の収集に懸命で、それを近所の知らない人々に言って聞かせるのが第一関心であって、その知識自体の裏に潜む未知の領域への好奇心には全く関心が及ばない様子を意味する。

明治維新となり、西欧思想の権威が日本中に広がった中、西欧思想について雄弁になることが、安上がりの箔付けになった。実際の西欧思想と異なっていようが負い目などない。日本の人々に博学と見えることが大事となったのだ。イギリス留学の経験のあった漱石は、そんな日本の状況を察したから、開化の対比に辿り着いたのであろう。

漱石は自覚はしていないが、漱石は知識社会学のような、新たに受け入れられる知識の普及によって社会状況や社会階層が組み上がっていくという観点の立場から、西欧思想と維新後の日本社会の関係を意識し、その一端を示唆したのである。漱石は西欧の内発的開化をそのまま日本の内発的開化にすることは考えなかっただろうし、不可能と見なしていただろう。問題は、ただ日本の庶民の西欧思想への憧れを頼りに、その紹介者としての自己役割に満足することにたいして反発を宿した漱石であろう。

何故、他の人ではなく、漱石だったのか。それは多分、「吾輩は猫である」を書けた漱石だからだと思われる。江藤淳の漱石論によれば、漱石の猫はスウィフトの風刺に近いとされており、私も鵜呑みではあるが、それを追従支持したい。

恐らく、「吾輩は猫である」にいたった契機には、実際の日常生活での"猫"と"人間"である漱石の関係と、"猫"に重ねて周囲を眺める漱石自身の意見が語られていることの二面性がある。外発的開化の状況を感じることさえない人々の様子を"猫"によって語らせ、そんな状況には何の手立ても施せず、ただ自らの身の安全のため、その状況を見ていることだけしかできない"猫"の気持ちに重ねられ、かつ聴衆者を猫扱いしている教育者側の漱石自身をも含んでいる気もする。

奇妙な話だが、漱石の猫観には日本文化に浸透した物の見方が含まれており、招き猫、なめ猫ブーム、ドラえもんなど、今日まで受け継がれてきた猫の見方の枠組みと協和している。外国の猫観なるものを調べて行けば、その比較によって、かなりの日本人特有の物の見方が探れるだろう。最近の「招き猫ダック」のコマーシャルの場合は、若干異なっているように見えるが……

漱石については、他にも、江藤淳が漱石論でふれている「坊ちゃん」など「明暗」にいたるまでの小説も気になるところではある。しかし新しい日本人論や、それから応用しえるだろう新しい世界史への道についての大まかあらすじを述べるのには適切ではない。それにはもっと世界の歴史における様々な心理学的知識や人間観の中で、漱石の人間観が、どんな位置づけにあるかを説明しなければならず、その説明をするために心理学史の細かい様々な哲学的思索を示す必要も出てきてしまうのである。

そんな訳で、次には漱石が示した内発的と外発的開化の対比から、その存在論的な解釈図式の構築へと挑んだ人物にふれてゆこうと思っている。その一人者に相当するのは、私が読んだ著書の中から選出するが、加藤周一であり、特に彼の「日本文学史序説」1975には、漱石の開化論が色濃く残されている。


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  1. 2010/05/19(水) 20:01:04|
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