思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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新しい日本人論 (新しい世界史を目指して)

振り返れば、70年代以降の日本文化について、断片的、飛躍的な感じがするが、ある程度の見解を残せたと思う。70年代以降と言えば、一応私にとってはリアルタイムの経験にあり、周りの人々の会話などと歌謡界の時代変化の関連性を肌で感じてきた世代である。

そこで70年代以降の日本というものを世界史的立場から考えて見ると、それは時間的にも、また地理的にも、かなり限られている。義務教育をはじめとして、古代ギリシャや古代ローマなどの知識は得られはするが、リアルタイムの経験からすれば、はるか昔の遠い事柄である。

しかしその限られたリアルタイムの経験をよく考察することにより、世界史全般を新たに考察する解釈図式が前提し得ることになるのである。今までに記した記事については、全体的に何を言いたいのかよくわからなくとも、部分的には納得できる箇所を若干なりとも感じてもらえていると信じている訳だが、それも私自身の考え方を整理するため、大まかな図式にまとめておきたかった結果である。恐らく一般他者のために記述するためならば、相当量の区分けをして、こと細かく説明しなければならないだろう。

私が見てきた70年代以降の日本文化の変化から、世界史全般に適応できる解釈図式の一つには、【流行】についての"知識社会学的考察"があげられる。日本文化圏における様々な考え方をする人々が、流行によって、それぞれがどのような意識変化をして、どんな社会的状況の変化をもたらしたか。また流行は、様々な意識状態の人々のどんな状況を基盤として生じるかなど、色んな観点が絡みあっている。簡単な解釈図式としてはライプニッツの示したような、"各々が意識に基づく放射し、その放射を受ける、意識を持ったモナド"とする図式である。

当然、日本文化に限られたリアルタイムの経験を基礎としているのであるから、日本語の特質も多少なりとも視野に入れて記述してある。しかし、ただ日本に限った意識変化の問題としている訳ではなく、直接的ではないが世界史も視野に入れている。

昔から今日まで度々聞かれるところの「今どきの若者は~」などは、全く聞き辛い事柄ではあるが、時代変化の違いに注目されている点では、新しい日本史や新しい世界史をへ向かう一端を担っているのである。ただ、その年長者達は、歴史の意義を充分知っていないし、伝える方法も知らないのである。もし私が若い時分に、すべての年長者がたいそう寛大で、全く「今どきの若者は~」と言わないような状態だったならば、今日の歴史観にいたらなかったとさえ思える。裏を返せば、人々が確固たる歴史観にいたるまでは「今どきの若者は~」と言ってくれる人々を影で応援したい気分であるし、多少減ることがあってもなくならないと思う。

そう言う訳で、さしあたっては、夏目漱石の示した「内発的開化」と「外発的開化」あたりから、新しい世界史を目指す新しい日本人論を説明していきたいと思う。


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  1. 2010/05/18(火) 22:41:34|
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