思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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プライド

プライドとは、自尊心という意味である。それは周辺他者との関わりの中で、【他者には譲れぬ自己保持】を意味している。

一般的に、様々な意見を交わす人々との関わりの中で、他者との衝突を経験すると、その後、我々は何らかの工夫をこらす。たとえ人が何と言おうが自己保持を決意することがプライドのようなものであろう。逆にプライドの反対とは何を意味するのであろうか?他者との衝突にこりて、より周辺他者との協和を優先させることであるかも知れない。順次繰り広げられる人々の話題にたいして、当たり障りのない対応に翻弄される自己がテーマの中心になろう。

時代や社会、いや「時代」や「社会」という人々によって正当化される言葉の力に惑わされる自己。その言葉の力を知っていることが、プライドを持つ第一条件である。そしてその言葉の力に人々が味方しようが、自己の位置を保とうとするのが第二の条件になる。

しかしプライドを持つ結果、孤立無縁、あるいは嘲笑揶揄の状況も視野に入れることを忘れてはならない。プライドがあることを、素敵と見られる場であるか、協調性がないと引かれる場であるかでは異なるのである。

要するに「プライド」を一つの目標理念として話題に上がるという状況は、社会的同調が蔓延している状況下で周辺他者と同じく自身も同調している中、各人がその同調による不信や疲れを感じ、それぞれの自己保持を互いに再認識をし、共有化しようとするあらわれである。 実際たいていの場合は、「プライド」の名が容認される場でのプライドが求められるのみであり、たとえ容認されなくとなされるプライドまでには関心は及ばないのである。

「プライド」という実践的理念の社会的共有化は何を意味するかと言えば、「同調」「協力」「順応」「適応」という実践的理念への反逆である。それらの「プライド」に反する実践的理念とは、「自己中心的」「非協力」「場違い」「不適応」などのレッテル的評価と共に維持されてきた。そのレッテル的評価による不利益を回避し、「協力」「適応」の実践的理念の評価から認められるように人々は行動してきたのである。もし「プライド」の共有化がなされたとしても、「協力」「適応」などという実践的理念の評価による人々の同調化の様子を充分に見抜かなければ、その「プライド」の共有化も、再度「協力」「適応」という理念の正当化を根拠づける教訓的事例に用いられることになるだろう。


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  1. 2010/05/10(月) 21:37:06|
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