思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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八日目の蝉

NHKドラマ「八日目の蝉」を見た。ニュースの後、そのままチャンネルを変えずにいたところ、何んだか得体の知れない、今どき珍しい雰囲気のドラマが目に入ってきたのがきっかけで、何となく見続けてしまった。基本的に私は現代文学は読まない。文学と言えば、せいぜい哲学などの関係から、古典にふれるくらいである。2005年の読売新聞夕刊から発表された原作「八日目の蝉」が、どんなものかよく知らないが、かなり興味深いと思わされる内容であった。

脚本家によってどこくらい原作が脚色されているのかは調べずに話を進めたいが、ドラマに見る「八日目の蝉」の内容構成からして、原作者の独特な現実認識を感じずにはいられなかった。原作者の角田光代の抱いている人間観には、様々の人々が、それぞれ自らの抱いているイメージで言葉を発し、行動していることの観察が深く入り込んでいるように思える。

調べて見れば、角田光代は1967年生まれである。「ちびまる子ちゃん」の作者さくらももこが1965年生まれで、学年で言えば一つ違い、おおよそ70年代に小学、中学を、80年代に高校時代を過ごした同じ世代に属している。その「ちびまる子ちゃん」は70年代を題材にしたアニメで、90年から今日にいたるまで、日曜の夕方六時にお目にかかれる訳だが、同様に、「八日目の蝉」にも70年代の文化が入り込んでいるとものと考えられる。

まず「八日目の蝉」に70年代を感じる理由の一つには、"逃亡"にあるように思われる。希和子が逮捕されるまでの"子供との思い出づくり"については、現在でも"小さな幸せ"として広く共感できる事柄に属しているかと思う。しかし"逃亡"という状況が加わることによって、70年代の"カモメ"が重ねられ、現在主流のドラマとは一種異なった雰囲気が漂う気がするのである。 80年代以降、カモメの悲しみは悲劇のヒロインという自己設定的陶酔と揶揄され始めて衰退したが、今回の逃亡により、周辺社会状況との折り合いに疲れを感じた現在にたいして、70年代のカモメのさまよいが入り込んだといった感じなのだ。

84年の浅田彰による「スキゾ・パラノ」の流行語には「逃走・定住」が対応している訳だが、「八日目の蝉」も若干それに沿う形にあろう。七日間の定住にたいして、八日目とは"七日間からの逃走"に相当する。自分だけが取り残された八日目について、それを淋しいと話す娘の薫に、「逃走・定住」の対比が象徴されているように感じる。70年代の終わりにはシャネルズの「ランナウェイ」やクリスタルキングの「大都会」のような男の逃走だったが、「八日目の蝉」では母親の逃走となった。

「八日目の蝉」の登場人物である希和子は、七日間からの逃走、八日目への逃走として、薫を連れ出した。七日間の定住を中止して、他の蝉のいない八日目の蝉となって世界を見ることになったのだ。やがて娘には、その八日目からの世界を見せたいといった願望に駆られる。七日間の人々によって語られる自己実現や幸福の計画ではない。それは七日間にはなかった、八日目における願望を象徴している。

私には逃亡中の希和子と薫の姿に、73年浅田美代子の「赤い風船」を感じる。赤い風船を持ったあの娘やこの娘を見る希和子は、赤い風船がいずれ飛んでいってしまうことを人生経験から知っているし、誰かいい相手が連れ添ってくれるだろうことを希薄な望みと思いつつも願う。まるで逃亡した結果、灯りのともる家の生活からは遠く離れてしまったかのような状況で。
また「赤い風船」の作詞が、すでに結婚と離婚を含めた海外生活を経た帰国後の安井かずみ氏によって手掛けられたことからして、ある種の人生経験を経た後の希和子が見る娘の薫の光景と、若干なりとも重なって見える。

そんな70年代の日本歌謡界も80年代から意識が変化して行った。石川ひとみの「まちぶせ」81、あみんの「待つわ」82は、待っていても来ない状況をあらわした。そして83年にH2Oの「想い出がいっぱい」である。(薬師丸ひろ子「元気を出して」84の歌詞にも、「大人への階段」有)

大人の階段のぽる 君はまだシンデレラさ
幸せは誰かがきっと 運んでくれると信じてるね
少女だったといつの日か 想う時が来るのさ

82年の「シンデレラコンプレックス」の流行語も合わせて考えれば、80年以降、「赤い風船」のような"子供に託す願望"よりは、"自己実現の大人"が優勢になっていった。女性の間では、既婚と未婚、子持ちか否かなどの区分が理念闘争のきっかけとなり始め、同時にその闘争が女性進出のチャンスに利用されたりする時代になったのである。まさに角田光代は70年代から80年代以降の日本における意識変化の状況をリアルタイムで見てきた世代にあたる。我々は作品に作家の才能を見るべきではなく、むしろ作家の見てきた時代経過を見るべきだと思う。

さて希和子の行為については、ある面、"身勝手"なこととして関心が及ぶであろう。その「身勝手」とは、当たり前のことだが、人々によって下される判断である。我々が下す判断、「身勝手」。では「身勝手ではない」とは何であるのか?それは他者の立場、気持ちを考えることだろうか?希和子の誘拐は、誘拐された親のことを考えない身勝手な行為であった。希和子の薫にたいする想いは、薫自身の将来を含めたまでを考えない身勝手であった。このような希和子に身勝手さを思うとき、それは"希和子が他者のことを充分に考えていないにのに比べて、自らはその事柄について慎重に考えている"と、我々は無意識ながらも前提して判断を下していることを意味する。
しかし極論ではあるが、それは逆に、七日間における他者配慮も同様に限定された他者にすぎず、八日目の他者までは配慮されていない。言わば七日間に蔓延する時代や多数の権威に左右された身勝手な他者配慮とも言える。それはただ、自らが属する七日間において、周囲からの責めや不利益を被らない程度になされる自己防衛的な他者配慮に限られているのである。
「七日間の蝉」の社会では、ある特定な事柄に焦点を絞っては"身勝手な善意"と非難をする場合があるが、「八日目の蝉」から見れば、自身を含めたあらゆる人々がなす他者配慮すべてが、善意であれ悪意であれ、身勝手な途上の思いなのである。
独り身となった文治の、希和子と薫にたいする施しも例外ではなく、身勝手なことであろう。文治自身もそのことを自覚しているようである。同情を嫌う希和子の気持ちを理解した上で、身勝手と自覚しつつ、文治は差し入れ如きを行う。文治は自身が身勝手に描く風景を作ろうと動くのだ。使い道のない金を、自身の【見たい風景作り】のために使おうとした。

成長後、恵理菜(薫)が不倫相手の子供を産むきっかけになるのが、あの身勝手な希和子の抱いた願望と沿う形となる。七日間の社会生活のため子供をおろそうと思っていたが、八日目の【見たい願望】、【見せたい願望】が子供を産む思いへ変じさせた。

しかし「八日目の蝉」で【見たい願望】をテーマに出来たのも、小学校に入る前に逮捕されるストーリー構成のため、可能になったのだろう。小学校への入学となれば、母子関係だけではなく、子供同士の関係が生じてくるし、母親同士の関係も生じてくる。その結果、【見たい願望】が徐々に薄れて行く過程に希和子が関わらなくてはならなくなる。逮捕によって、【見たい願望】の希薄化に希和子を関与させない形となりえている。そのかわり七日間の社会生活に必要な事柄を教える役割は、実母に負わされている。

ある意味で、「八日目の蝉」は70年代までの伝統的理念が持ち込まれた作品と、私は思う。一つには伝統的おとぎ話、「鶴の恩返し」が見え隠れする。鶴が八日目の蝉で、老夫婦が七日間の蝉である。鶴は自らの恩返しについて、それを身勝手なこととして理解している。別にお爺さんに、助けられた恩を返すように言われていた訳でもないし、自らの恩返しの様子を老夫婦に見られないように計画したのも、その身勝手の自覚があるがゆえに生じる。自身の機織りの姿が知られれば、老夫婦の側は憐れみを持つかも知れないし、あるいはその施しを当てにするようになるかも知れない。裏を返せば、鶴はお爺さんの助けがあって自らが生きていることを自覚している訳だが、その助けを施したお爺さんにしても一種の身勝手がある。鶴との約束を破った時、その身勝手さがあらわになる。

「鶴の恩返し」の意味することとは、一体何であろうか?おしとやかな謙虚なる儚き美であろうか?そんな美は、今や役の立たない自己陶酔的な美として茶化されるのが関の山であろう。しかし「八日目の蝉」では、希和子の身勝手な誘拐により、"美"ではなく"身勝手"の方に関心を集めさせ、「鶴の恩返し」を鶴の身勝手な願望として呼び込んでいるかのようだ。苦難なき美は、「きれいごとでは済まない」という非難に埋もれてしまうため、苦難からの犯罪行為によって「鶴の恩返し」が入り込んでいるように感じる。

「鶴の恩返し」とは、言ってみれば、身勝手な善意の物語である。相手のことを思うこととは、決して無私の善意などではなく、自身で判断した善意にすぎない。「八日目の蝉」の希和子と恵理菜の母親としてなす子供に向ける願望も、身勝手と自覚しながらも、それを選択するのである。彼女たちは"美しい景色を見たい願望"を信じた。鶴も"老夫婦の安楽な生活を見たい願望"で機を織った。鶴の身勝手な【見たい願望】は、老夫婦に機織りの姿を見られたことによって中断され、鶴は飛び立った。見られたことにより老夫婦の気遣いが生じてしまうため、鶴の見たいと願っていた光景が不可能になったのである。残された老夫婦は、鶴が飛び去ったことによって、自らの願望の身勝手さを自覚するのであろう。「七日間の蝉」とは愛憎の紛れる人間関係だけではなく、「鶴の恩返し」のような老夫婦の平穏無事の生活も含まれる。

まとめること、「八日目の蝉」で問題とされているのは、身勝手さの成敗や排除ではなく、スピノザの【自己保持】のような身勝手さの自覚と願望と、私は見る。実際、「八日目の蝉」は、他のあらゆる角度から考察できる作品と評価できるだろう。そして、その評価の仕方自体が、現在の社会状況を示す歴史的文献として残されるであろう。

最後に70年代からの時代変化として、「八日目の蝉」を位置付けておきたい。それは久保田早紀の「異邦人」に喩えて、「ちょっと振り向いて見ただけの七日間」から「過去からの旅人が呼んでいる八日目」へ向かう物語のようだ。

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