思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

共依存

色々あるんだね~、心理学用語っていう奴は。なんだか最近聞いたんだが、「共依存」っていうのもあるらしいぞ。そんなものは心理学者が出番を獲得するための用語だって、ホント、気づかないのかね~。

依存されることに無意識に存在価値を置く?

はっ?

他者コントロールが習慣化し、策略化するんだろう?

それは患者の抱いている人間観が深く関係していて、ただ患者だけ見ていてもわからないぜ。一般人はその心理学的御解説を聞けばそれなりの真実味を感じてしまうんだけど。もっと心理学者自身とその解説される人々の関係性でも洗ってみたら、どうかな?一般の人々の人間関係と患者のちがいも、わかるからさぁ。

まずね、何か心理的現実を説明しているつもりでいるようなんだけど、「共依存」という概念自体が、その名付ける側の人間観をあらわしているにすぎないって言うの。患者に必要とされることに依存してるんだか、献身性に執着しているんだかよくわからないけど、それなら「献身執着性意識」と名付けた方がいいんじゃねぇか?アルコール中毒の側はその意識を利用してコントロールの策略を練っているんだろう?献身的行動だけに目的意識が執着しているんだったら、他にどんな目的意識を持ったらいいのか、他者コントロールに執着してしまっているんなら、他の一般的な人がどんな風に他者と関わっているのかを説明してやることだね。もっとね、現代の人々の一般的意識との関わり合いで社会心理学的に考察した方がいいと思うな、僕は。ホント、何で心理学者っていう奴らは、ズームイン的でフォーカス的な解説しかできないのかね。

第一、「共依存」だなんて、人を馬鹿にしている言葉だよな。新興宗教とやり方が同じさ。勝手に人の悩みの原因を決めつけるような用語をわざわざ使って、私たちに任せて的雰囲気に持って行くのに最適なんだ。心理学者と認知されるだけで、まるで教祖と同じ居座り権威で人の心を説明していくしね。
しくみは、こうさ。「共依存」と呼ぶことで「自立の不足」の暗示をかけるのさ。現代の自立理念だね。該当者でない一般他者は、心理学的用語の「共依存」を聞くと、自然にその症状に関する原因を「自立の不足」と感じてしまうんだな。そうなれば心理学者自身は従来どおり「私解説する人、あなた解説される人」という他者コントロールする立場に就ける訳さ。マインドコントロールを効かすと言った方が、わかりやすいかもね。まあ困らせ上手はアルコール中毒者も心理学者も同じさ。職業になるかならないかの違いかな。
依存?「献身執着性意識」や「他者コントロール意識」という名の下で、新たな目的意識なり新たな社会観の展望を互いに示すような形の、協調性のある関わり合い方ができない心理学者なものだから、「共依存」と煽り立てて、上から目線で治療してやるよ的雰囲気でしか関われない「共依存」だわな、俺から言わせれば。だからいつまでもたっても、心理学理論が成長しない。全くそんな状況だから、患者は心理学者との関わりを頼りに治療に専念するしかなく、心理学者はそんな患者のすがりつきに生きがいを感じるしかない社会という訳さ。心理学者は自らの使用する用語を、人々が同じく使っている状況を目撃している、まさにあの瞬間。その時の心理学者の気持ちにズームインすれば、簡単にわかりそうなもんだけどな~。

そうだったね。心理学者は今のところ別に困ってはいないし、「共依存」の症状も出ていないんだったな。 それならば、自分がしているように、もっと一般的他者に不安を煽り立てて自分の出番を獲得する、そうした自立の方法を教えてやるのが一番いい治療になりそうだね。おまえたちの心理学用語なんかより、その自らが【職業に就いて自立していられる社会的状況】について詳しく教えてあげたら、患者さん達も社会勉強になるんじゃないかな。そう、よく使うタテマエの心理学用語ではなくて、心理学用語を使っている時に働いているホンネの人間観っていう奴の方さ。心理学用語に権威を感じている人々の心理を利用する際に働く、まさにその心理学の方ね。ひょっとしたら

治療をするなら、情報をくれ!

って叫んでいる人もいるかもね、患者さん達の中には。ひとごとのように思っているかも知れないが、政治界では情報公開が叫ばれていますよ。まあ成果が上がった患者さん達だけを宣伝して、自論説明に頑張って下さい。
全く付け入る隙のある奴らには「他者コントロール的依存」と呼び、自らの付け入り状況は「社会的協調」らしいし、何ともいない方々だ。要するに、心理学者は何を自らが「自立」と見なしているか、何を「依存」、「協調」と見なしているのかを、もっと自覚してから人と関わり始めた方がいいな。それから一般人がどう考えているかもね。

このくらいの口調で言えば、少しは心理学者のみなさんにも、私の声が届きますかね~?えっ?ひとり相撲状態だって?いやはや、参りました。我らの心理学者のみなさん!易々と人々には気づかないから維持できるんでしたね……

まあ心理学者にズームインして改革したいところだったが、実際はもっと嫌らしい様々な人々の知識形態を利用した権威が潜んでいるんだよなあ~。それに「共依存」があまりにも普及しちゃったもんだから、それを認めて自己克服活動に生きがいを感じ、その克服法伝授の進出なんかもあらわれ始めているな。
勘違いしないでくださいね。私はせいぜい無責任な心理学用語を使うなと言っているだけで、悩みを解消したり自己を高めることにケチをつけてはいませんよ。
全く「共依存」とかの用語による心理学者進出を食い止めなかったから、それを自ら認めて自己克服に専念してしまった人々の意見にも気を付けなければならねぇじやねぇ~か。手際がいいね、居座り心理学者さん。これだけ「共依存」という言葉が使われるようになったから、笑顔も弾みそうですな、しばらくは。
最後に、万が一、私の言いたいことを理解して下さる方々が居られましたら、たとえとぼけた心理学用語を耳にしても、くれぐれも日常生活では顔をひそめてはいけませんよ。白々しく会話を弾ませるように心がけましょうね。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
スポンサーサイト
  1. 2010/04/17(土) 08:30:23|
  2. 哲学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<分析バカ フロイト・チルドレン | ホーム | ドイツ 知識論的解釈>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gold1513.blog48.fc2.com/tb.php/61-1b2839d1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。