思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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エンゲルス『家族・私有財産および国家の起源』1884 ~母方叔父と姉妹方甥の疑問と研究~




人類学において母方交叉いとこ婚という問題があるが、何やらそれは父権社会における女性の婚姻移動方向と関係しているとのことらしい。

たとえばラドクリフ=ブラウン(1881-1955)『南アフリカにおける母の兄弟』1924 という短い論文によれば、どうも現地では各個人個人から見た母方と父方は広く延長されて解釈されているとのことだ。つまり母の兄弟を「男性である母」、父の姉妹を「女性である父」と呼んでいると言うのだ。

そこで疑問に思えてくるのは、自分の兄弟姉妹らと共に自らが親となって、次世代の子供らが生まれ育つ時である。と言うのは、姉妹の子供たちからは「母」と見られ、兄弟の子供たちからは「父」と見られるようになるからである。

自分自身が男であるとすると、兄弟の子供たちから「父」と見られることにたいして特に大きな問題がない。しかし姉妹の子供たちからは「母」として見られることになるわけだから、相手による自分の役割という考えが普及していることになる。

また母方交叉いとこ婚の場合、自分の所属する集団の姉妹たちは隣の一定集団へ嫁いで行くわけだから、自分と同等の立場にある男同士たちは互いに姉妹たちの子供たちから「母」として見られることを共有していると考えられ、また姉妹たちの子供たちも同じ集団内で生まれて来た同じ立場の子供同士でそれぞれの母方の叔父たちに抱く親近感を共有していると考えられそうだ。

反対に自分の母の兄弟たちは自分の姉妹が嫁いで行く集団とは逆方向の集団にいることになり、自分と同じ立場にある男同士でそれぞれ母の兄弟にたいする親近感を共有し、かつ母の兄弟たちもそれぞれ姉妹が嫁いだ先の子供たちに感じ親近感を同じ立場の男同士で共有しているになろう。(集団間的な母方叔父と姉妹方甥の親近感)

すると同世代姉妹の嫁ぎ先集団からは次世代の子供から親近感を抱かれる立場にあり、逆の先代母の故郷集団にたいしては先輩にあたる叔父に親近感を抱く立場にあるわけだ。(男たちの定住観察)

では移動する女性からはどう見えるかと言いますと、嫁ぎ先の方向を見極めた女同士の共有があり、男たちの上下関係がある親近感の方向(嫁ぎ先で生まれた子供たちが故郷の兄弟たちに親近感を持つという方向性)を眺めているのである。

すると今度は隣の集団へ嫁ぐ運命にある娘にたいして母は、男たちの世代関係を有する親近感の方向性を眺めるであろうことを先読みして娘を育てている可能性も想像できよう。(女たちの移住観察)


さて次は二つの三角形だ。その二つとは父・母・子の三角形(家族性三角形)と叔父・甥・姉妹もしくは母の三角形(叔父・甥三角形)であり、そこに忘れ去られた太古の母系社会から父系社会への移行の痕跡が感じられて仕方がないのである。

想像するのには、叔父・甥の親近感は叔父にとっての姉妹と甥にとっての母という同一女性を守る義務もしくは守りたいという感情の共有である。確かにその女性と結婚した夫についても守る義務もしくは守りたいという感情はあるだろうが、しかし夫には血縁関係がない点で異なり、叔父・甥の三角形の中では部外者なのである。

つまり叔父・甥の三角形は母系社会(母権社会とは限らない)の名残りであり、父系社会の台頭によって新たな家族の三角形が加わったと考えうるのである。(いや新たに家族三角形が加わって叔父・甥三角形へ変貌したと言っておいた方がよい)

そんな父系社会では、子に「男とは女を守るものだぞ」と厳しく養育しなければならない父となった。すると子供たちは子供たち同士で「そんなことわかっているのに、全くうるせえジジイだぜ!」と愚痴を発散し合ったりするのかも知れないが、そこに他の母を守るべき立場の叔父がいるため叔父・甥の三角形が成り立つのである。

「家のジジイは厳しくてうぜえよ」と叔父に愚痴をもらすと、「はっはっはっ、わしも子供の頃は父親にたいしてそう思っていたなぁ。でもな、父も自分が急に亡くなった場合のことを考えると心配なんだよ。それにわしも自分の子供には厳しいんだぞ」ってなるのかどうか知らんが、まあ二つの三角形が奇妙に絡み合い、代々の成長パターンが出来て行ったと考えられよう。(子供に厳しく接することによって母方叔父と甥を結束させ、万が一自分が倒れた場合の妻養護体制を整える。もちろん嫁いで行った姉妹を守るために彼女らの子供と仲良くなるよう、姉妹の夫は子供に厳しい)

いやもっと言えば、家族の中で疎まれるくらいの方が父親としては嬉しいのだ。もしそんなことで嘆いているのであるならば、それは自分が関わる叔父・甥の三角形(幼少期の甥としての立場境遇と成人してからの叔父としての立場の確立の両面がある)や愚痴を言い合う同世代仲間の不足を意味しよう。


与作(1978)


さあ年齢を重ねないサザエさん一家の母系(フネさん・サザエさん)と父系(波平・カツオか?波平・マスオ・タラちゃんか?)の混在をお楽しみあれ。

長谷川町子はエンゲルス『家族・私有財産および国家の起源』を読んだことがあるかないかが、問題だ ‥‥‥



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  1. 2015/05/15(金) 00:00:00|
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