思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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青山栄次郎『汎ヨーロッパ』1923




第二次大戦以降、徐々に進められて来たヨーロッパ統合の理念の始まりはおおよそ日本名・青山栄次郎(リヒャルト 1894-1972)の『汎ヨーロッパ』1923 にあったと言われ、1929年には影響を受けたフランスのアリスティード・ブリアン(右派のルール占領にたいしてルール撤兵した左派)が国際連盟にてヨーロッパ統合に賛成の意を示したようでもある。あるいはオルテガの『大衆の反逆』1930(14項Ⅴ)でも、自動車産業において広く同質的な市場を有するアメリカと国家的分立状態にあるヨーロッパの比較からヨーロッパ統合の必要性が示唆されてもいました。(アメリカのフォード社による大量生産方式採用は1913年)

そこでオルテガが示した大衆の反逆をヨーロッパに限定して考えておくならば、分立状態にある国家主義(ナショナリズム)の中で新たなヨーロッパ統合の議論は大衆的な反逆が扇動(まさにファシズム的雰囲気)されることによって打ち消され、それぞれが自らの属する国家への奉仕へと向かわされるようになるという予言(十年後の第二次世界大戦)も含んでいたように思えて来ます。

もちろんオルテガはイタリアのファシズムに限らず、同時にロシア(ソヴィエト連邦)のボルシェヴィズムについても考えていました。と言うのも、すでに第一次大戦後の1920年代には双方の影響が広がり始めていたスペインであり、『大衆の反逆』以降のソヴィエト支援の左派人民戦線勢力とイタリア・ドイツ支援の右派フランコ勢力に分かれて争われたスペイン内戦(1936-39)にまで引き継がれた問題でもありました。

また『大衆の反逆』が書かれるまでの数年間は右派のリベーラ独裁(1923-30)の雰囲気にあったスペインでしたが、1930年代に入りますとブルボン家君主制の廃止から共和政へと移り、左派勝利(1931.6)、右派勝利(1933.11)、左派優勢(1936.2)と選挙状況が推移した中、右派フランコ勢力の反乱を機に内戦に至った感じでした。(1936年のイタリアはエチオピア併合の右派、フランスは人民戦線内閣の左派)

やがて1939年に日独伊三国防共協定(1937.11)に参加したスペインではありましたが、しかし第二次大戦にたいしては中立を表明していた点で、持てる国(英米)と持たざる国(日独伊)の対立とは若干距離を置いていた立場だったと言えます。


そもそもスペインは第一次大戦においても中立を表明していたように、もはや帝国主義的な指導役を買って出る拡張よりも国内統制を優先させる右派意識にあったと言えましょう。ナチス・ドイツのパリ入城(1940.6)にたいしてはアンダーユ会談(1940.10)を行い、敵ではないがナチス帝国システムにたいしては不参加という感じとなりました。

実際のところ1940年のナチスの帝国的システム進出はデンマークのヘレーネ妃、ノルウェーのクヴィスリング、オランダのミュッセルトやフェルトマイヤーのようにそれぞれの国の反動的右派を味方につける形で試みられた(フランスは占領によって追従した)のにたいして、一方のスペイン右派のフランコ体制の場合は均衡外交のための独裁にすぎず、スペイン内戦にしましても外国勢力が入り込ませないこと(それぞれ外国から支援は受けるが統治に干渉させない)をルールとした戦いだったと言えましょう。(桜田門外の変から明治維新までの日本も、外国の侵入を防ぐための内乱であった点で似ている)

なるほど第一次大戦の時点でそれぞれ各国に違いが現れていましたが、大戦後の1920年代に目立ち始めた各国の違いから考えておきますと、やはりソヴィエト連邦のボルシェヴィズムとイタリアのファシズムが挙げられ、アメリカでは共和党の自由経済推進によって大衆消費社会やジャズエイジと呼ばれる雰囲気となり、イギリスではピグーの厚生経済学や労働党の躍進(1923年に第二党。保守・自由の対立から保守・労働の対立へ)となった時期に相当します。



いやはや、もう少し第二次大戦へと向かった日独伊とスペインの違いについて説明しておきたい気分ではあろうが、今回は『汎ヨーロッパ』が生じた第一次大戦後の時代的雰囲気と、それを踏まえたオルテガの『大衆の反逆』であった点を示唆するに留めておきましょう。



注意事項

『汎ヨーロッパ』の摘み食いでルーピー化する日本の左派系有識者たちには御用心。(摘み食い左派の反逆)



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  1. 2015/05/09(土) 00:00:00|
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