思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ブルデュー『ディスタンクション』1979 ~悪意なき欺瞞~




最近は経済学の分野でフランスのピケティ(1971-)が注目を集め出していると話題だった。確かに資料収集と実態解釈の可能性にたいしては評価も高く、これからの経済学における波及効果を含めた期待もわからなくはないが、ただし現在の政策提言については無理があり、まだまだ相当多くの実態説明が求められと思われます。

そんなピケティの考え方を理解または補足して行くにあたっては、若干ブルデュー(1930-2002)の『ディスタンクション』1979 も参考になることだろう。

そこで簡単かつざっくりとブルデューの考えを紹介しておくならば、現行の文化資本の高低によって次の世代もしくは時代への文化資本の高低が再生産(格差体制の維持を支える再生産効果)されており(パスロン共著『再生産』1970)、文化資本の高さは上層同士の組合的な所属意識で支え合うことによって自己卓越化(distinction 1979)を演出し合っていると言った感じであろう。

ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』では、消費活動における個々人のバンドワゴン効果(所属演出)とスノッブ効果(個性演出)が示された感じでしたが、ブルデューはさらに上層部における上層仲間からの消費と上層仲間への生産という高級生活の分業状況を示した形だ。

教育費とは高等な知識にたいする費用などではなく、むしろ仲間作りの参加料(クーンで言えば、パラダイムの分立となる)と言いうるのかも知れない。また彼らの中にはディスタンクションの実態が出来るだけ公表されないよう、定期的に自己投資を行って上層部の仲間入りした人物を褒めたりする(戦中の金次郎銅像役に仕立て上げる)のである。

しかし彼ら上層部たちにしても決して悪意があって行っているわけではなく、ただ狭い高級なる人脈にもかかわらず、それを広い視野の獲得と思い込んでしまう習慣の結果にすぎないと大目に見てやらなければならない(ブルデュー説?)のだろう。



どうやらガルブレイスの Innocent Fraud(2004)の気持ちが、正解のようだ。



.
スポンサーサイト
  1. 2015/04/09(木) 00:00:00|
  2. 世界史
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<ターナー『儀礼の過程』1969 ~中心化の社会的相対性~ | ホーム | 分散化された陳列型学問の問題 ~社会理論の総合化~>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gold1513.blog48.fc2.com/tb.php/544-c9a33124
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。