思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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ドラッカーとトゥレーヌ(1969) ~フロンティアの領域~




1969年(1968?)のドラッカー(1909-2005)『断絶の時代』は、アメリカのコロンビア大学紛争(いちご白書)やフランスの五月危機、あるいは日本の東大闘争が起きた1968年の翌年でありました。

ドラッカーはナポレオン戦争後のウィーン体制にたいするドイツ、イタリア、ロシアの反動などを交えながら簡単に1968年の闘争についても述べていました(同書 第三部・十一章)が、問題は一部の学生紛争に限ったことではなく、もっと社会全般にも多かれ少なかれ当てはまる、組織体における過去と現在の相違(同書 第三部・八章)に見ていたのでしょう。

つまり新たな組織体を支えるには新たな知識の流通が必要であろうし、その流通を可能とするハード・ソフト両面の開発産業が必要であろうことから、新たなイノヴェーション可能性を秘めたフロンティア領域を示唆したのである。

またドラッカーはC.P.スノー(1905-1980)が用いた自然科学と人文科学の分裂(1959)から、人的連携もしくは各個々人の総合的知識の必要(同書 第一部・二章)を説いた感じでした。

一方、フランスのトゥレーヌ(1925-)『脱産業社会』1969 もダニエル・ベル『脱産業社会の到来』1973 に先行して従来の産業構造にたいする新たな知識産業に関するフロンティア領域を示していたことになります。

そもそもアメリカではゴールドラッシュ(1848)に象徴されるフロンティア精神からフロンティアの消滅(1890)の移行を経験しており、二十世紀後半の第三次産業(クラーク 1941)からの飽和化を脱産業社会として見て、トフラー(1928-)の『第三の波』1980 へとつながって行ったのでしょう。

(ちなみにJ.F.ケネディのニューフロンティアの主張は1960年から)



なお1969年には、バーリン(1909-1997)『自由論』の年でもありました。すでに『二つの自由概念』1958 を残しており、ハイエクの『自由の条件』1960 にも影響を与えていたバーリンでしたが、古くはトーマス・ヒル・グリーン(1836-1882)やイタリアのルッジエロ(1888-1948)の功績もあり、クランストン(1920-1993)の自由論も参考になる分野に相当します。(フランス革命とイギリス保守思想バークに認められる自由観の社会学)



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  1. 2015/04/07(火) 21:00:00|
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