思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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ロストウとベル(1960) ~論客と大衆の知識産業~




アメリカにおける東西対立がらみの問題と言えば、朝鮮戦争(1950-1953)やマッカーシズム(1950-1954)があり、時期的にはアメリカとソ連が水爆実験を行っていた頃でもありました。そして後に再開(1961)されることになりましたが、1958年にはソ連・アメリカ・イギリスが核実験停止声明を行う段階に至りました。

また共産大国間ではフルシチョフの平和共存方針によって中ソ論争(1956)が起こったり、東西大国間ではフルシチョフ訪米(1959)のような米ソ協調の雰囲気も起こりましたし、第三国の間では平和十原則のバンドン会議(1955)がなされ、17ヶ国が独立したアフリカの年(1960)となりました。

それから技術面では、ソ連が先行して人工衛星スプートニク一号(1957)に成功、そしてガガーリンで有名な有人衛星ヴォストーク一号(1961)の頃でした。


そんな雰囲気の中で現れたのがベル(1919-2011)の『イデオロギーの終焉』やロストウ(1916-2003)の『経済成長の諸段階』だったわけですが、それはまさに東西対立の緩和と産業社会論への移行を伺わせます。

1950年の『孤独な群衆』や『消費者需要理論におけるバンドワゴン、スノッブ、ヴェブレン効果』では大衆論や消費論が中心であったのに比べて、1960年の『イデオロギーの終焉』と『経済成長の諸段階』では資本主義の産業論が中心になったのだ。それは同時に、パターン化した大衆社会論的議論から離れ、産業社会論(消費効果から報酬効果への移行)の方に関心が向いた大衆意識の現れのようにも思えます。

言わばロストウの発展段階論はリスト、ヒンデブラント、ビュッヒャー、シュモラーなどのドイツ歴史学派の再生であるかのようであり、ベルのイデオロギー論は社会的に分散化されたイデオロギー状況の現実認識を問題にしたマンハイムの『イデオロギーとユートピア』から離反して、実証主義的方法による多元的な論客集めの雰囲気を導いたように思えます。

また1960年のフランスでは、単なる子供の歴史ではない子供観の歴史と言えるアリエス(1914-1984)の『「子供」の誕生』が現れ、物性史と心性史の相互関係の雰囲気をほのめかしながら当世のフランス構造主義へ若干の影響を及ぼした感じであります。



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  1. 2015/04/05(日) 21:00:00|
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