思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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古語の上二段活用と下二段活用 ~現代に残されたカ変とサ変の特徴~




古語には上二段活用と下二段活用がある。命名の由来は、イ段とウ段の二つで接続する上二段と、エ段とウ段の二つで接続する下二段である。共にウ段接続するのは【終止形・連体形・已然形】であり、それぞれイ段とエ段で接続するのが【未然形・連用形・命令形】である。

そこでカ変活用とサ変活用を調べてみますと、上二段と下二段の双方共にウ段接続していた【終止形・連体形・已然形】ではカ変もサ変もウ段接続しており、二段活用・カ変・サ変が一致しているのがわかります。つまりカ変やサ変の変則性は【未然形・連用形・命令形】に集約されていることになります。




次に二段・カ変・サ変が共有している【終止形・連体形・已然形】の古語から現代語への変化を見てみますと、古語では終止形にラ行『-る』が加えられていなかったのにたいして、現代語では終止形にラ行が加えられて連体形や已然形のラ行接続と足並みを揃えています。その代わり、現代上一段活用へ組み入れられた上二段はウ段接続からイ段接続となり、現代下一段活用へ組み入れられた下二段はウ段接続からエ段接続となって分裂しています。特に奇妙な点は、現代サ変においては『し・ない』『し・た』『し・ろ』と、イ段接続で【未然形・連用形・命令形】がまとめることが出来る状態(現代上二段活用?)になっています。

さてさて折角なので現代上二段活用とも言える状態になったサ変『する』を、さらに未来を先読みしたつもりになって上一段活用にしてみましょう。

するとそれは、未然形『しない』、連用形『した』、終止形『しる』、連体形『しる時』、已然形『しれば』、命令形『しろ』となります。そうです、終止形『しる』、連体形『しる時』、已然形『しれば』に変な違和感が生じるわけですが、その違和感に敢えて不規則変化へ向かわせる無意識の規則が働いているのであります。

何故、終止形『しる』だと違和感が生じて、『する』だとフィットするのでしょうか?

おそらく『到着しる』や『勉強しる』に違和感を感じるのは、動詞終止形語尾ウ段の雰囲気が先行サ行の部分に必要だからでしょう。それがイ段になってしまいますと、到着や勉強などの目標へ向かう動作意識が欠けてしまい、目標とされる到着や勉強という名詞に加えて、さらに目標意識を持っていたこと自体が目的であったかのような名詞化(『し』の部分)に聞こえてしまうのだ。

共にウ段接続であった古語の上二段と下二段は現代ではそれぞれイ段接続の上一段とエ段接続の下一段へ分岐しましたが、カ変とサ変は共に現代に至ってもウ段接続を保持しました。つまり古語上二段が現代において『起くる』ではなく『起きる』になったこと、古語下二段が『受くる』ではなく『受ける』になったことが、現代のカ変『くる』とサ変『する』というウ段接続の保存の変則性を際だたせているわけであります。

そのウ段接続の変則性は、たとえば『振る舞い』という表現にも投影されているのでしょう。単純な規則性からしますと、『振る舞い』ではなく『振り舞い』でなければならなかったのだ。おそらく『振る』には恒常的かつ持続的な個々人の活動の意味があるために、単純な名詞化(『振る』から『振り』への変換)による態度の解釈にたいして違和感が感じられ、ウ段の保存によってイ段化が避けられたのであろう。

そうした諸事情を考慮しますと、現代においても残されているカ変とサ変の変則性とは、動詞の名詞化(『する』から『し』、『くる』から『き』)における二段化保存(古語の上二段や下二段は現代では一段化されている)に集約して理解しておいてもよいであろう。
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  1. 2014/07/05(土) 12:03:48|
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