思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ドイツ地域的分布の研究 ~北方人種とアルプス人種~




ドイツのビスマルク独裁はフランスのナポレオン三世のボナパルティズムと類似したものと考えられていた。それは同時にイギリスやアメリカとは異なった19世紀後半のフランスとドイツの類似を意味するものかも知れません。

さてビスマルクがユンカー出身であることは有名な事柄ですが、その出身地は現ドイツで言う北東部(旧東ドイツ内のベルリン西側)に相当する地域です。

クレッチュマーの『天才の心理学』第一部第五章によりますと、ドイツ中南部(チューリンゲン・ザクセンを含む)は北方人種とアルプス人種の混交地帯であるのにたいして、ドイツ北部(特に北西部ニューザクセン・東フリースラント)は比較的純粋な形で北方人種が保たれた地域と考えれています。

おおよそクレッチュマーは北方人種とアルプス人種の混交もしくは地中海人種とアルプス人種の混交などによって新たなルネサンス以降の西欧文化が促進されて来たと考えられています。

しかしオーストリア中心の大ドイツ主義にたいするプロシア中心の小ドイツ主義で統一を行ったドイツ北東部(プロシア)のビスマルクでしたが、それは新たな時代における政治的拠点であり、以前の貴族的な政治的拠点となっていたドイツ南西部シュヴァーベン地方(アルプス人種地帯に北方人種が流入した地域)のホーエンシュタウフェン、ヴェルフェン、ハプスブルク、ホーエンツォレルンの四家の時代と区別されています。







ドイツ南部における東西の相違については、クレッチュマーは大まかに次のようにまとめています。

オーストリア寄りの南東部バイエルン地域は軽躁的・循環気質・カトリシズムの優勢、スイスの寄りの南西部シュヴァーベン地方は鈍重的・分裂気質・プロテスタンティズムの優勢と言った感じです。

そして南西側シュヴァーベン地方には北方人種の影響(マイン・ネッカー川流域)が考えられており、ドイツの文学や哲学における二大拠点を中東部ザクセンと南西部ヴェルテンベルクに求めています。
スポンサーサイト
  1. 2014/06/06(金) 22:03:15|
  2. 世界史
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://gold1513.blog48.fc2.com/tb.php/507-6bccc20f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。