思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『卵が先か?鶏が先か?』




卵が先か?鶏が先か?

答え

どちらでも、ありません。


『卵から鶏が生まれる仕組み』と『鶏が卵を生む仕組み』が、はじめから同時に存在の中に用意されていたのでしょう。

『卵が先か?鶏が先か?』という質問は、『卵』と『鶏』という言葉で考えることを強制するルールでしかありません。



『親が先か?子が先か?』

親から子が生まれることから判断しますと『親が先』と言えますが、当の親も昔は子でしたので『子が先』と言えるわけでして、『卵が先か?鶏が先か?』の質問と同じ構造にあります。

要するに『親から子が生まれる仕組み』と『子が親になる仕組み』が、はじめから同時に存在の中に用意されていたと言えます。


これを聖書でたとえれば、『親から子が生まれる仕組み』と『子が親に育つ仕組み』を同時に作った神様という親が一番先に当たります。

現実に起きたすべてのことについて、最初から用意されていた存在に潜む仕組みの現れと考えるのが汎神論の一つの特徴です。





もし仮に途中から定義された鶏なるものに変化するものと考えられているのならば、何らかの外部の作用によって変化するという前提のもと、卵の段階で変化する場合とふ化後の段階で変化する場合、あるいは受精卵となった瞬間の三通りが想定されるのでしょう。

要するに『鶏になるのは、どの段階か?』という問題になります。



鶏の中に卵。その卵の中に鶏。はたまたその鶏の中に卵。



何だか、マトリョーシカだね。
スポンサーサイト
  1. 2014/03/18(火) 12:28:42|
  2. 世界史
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://gold1513.blog48.fc2.com/tb.php/506-a940891b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。