思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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スイス人の関心と解釈 ~ユングとピアジェ~




ユングの『タイプ論』1921 は、先天的タイプの相違を前提した理論である。性格心理学によりますと遺伝説と環境説があるそうですが、ユングのタイプ論は前者の立場で論述されています。

では遺伝説において環境はどんな位置づけをなされているかと言いますと、個体によって環境が形成(人間による環境整備・創造力)される点を暗黙的に強調しますが、一方で環境が個体を形成(人間の性格形成・知識形成)させていることについては放置されるか都合がいい場合に限って持ち出す傾向となります。要するに個体と環境の力学(相互形成推移ではなく相互衝突経過の重視)に固定化される傾向にあって、ご都合的な使用を克服する総合的な形成論的観点に欠けています。

たとえば男女という性差は当然ながら先天的な差と認められますが、しかしボーヴォワールが言うように文化的影響によって後天的に形成される部分が女性に限らず男女双方にあります。

ところが頑な遺伝説者は後天的形成についての説明を見聞しただけで、まるで相手側が先天的相違という事実を受け入れていないかのように解説したり、あるいは遺伝説を支えている「同じ環境なのに差が生じている」という自らの前提に【全環境についての不可知が考慮されないまま、部分的に「同じ環境」と判断することの怪しさ】を点検しないため、こと細かな後天性(絶え間ない時間の流れ)についての関心から離れてしまっているのである。

実際の遺伝的差異の領域とは、絶え間なく続いてきた時間の流れの中で作用して来たであろう、認知し切れない不可知なる後天的領域の全てを取り除いたものなのだ。逆に言えば、判断する人物の環境に関する知識によって「遺伝による性質の現れ」が解釈されているわけである。その点、ユングは不当に後天的結果の領域を排したタイプ論になってしまっている。(決してタイプ論が後天的結果を排するのではなく、後天的結果を含めたタイプ論も可能なのである)確かにユングは直観に注目しましたが、理論の一部に直観を含めた遺伝説に仕上げたこともあって、肝心の遺伝説と環境説を包括する全体像には直観的イメージが働かなかったことになります。


後のピアジェ(1896-1980)の場合は、子供の知識形成に注目した後天的な発達状況が問題とされました。それはユングが示した「人それぞれの先天的に異なる根本態度」を踏まえながら、かつ人それぞれが後天的影響を受けながら絶えず形成されていく状況について示唆したものと言ってよいかも知れません。結局ピアジェと比べても察せられるように、ユングはフロイトの方法に反対して人それぞれの多様性に注目しましたが、逆に遺伝説に入り込み過ぎた感じです。



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  1. 2014/03/08(土) 23:50:50|
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