思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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スイス人の関心と解釈 ~ソシュール~




フランス構造主義へ多大な影響を与えたとされるソシュール(1857-1913)の言語学は、スイスのジュネーヴ大学でなされた講義(1907-1911)から次第に広まって行ったようですが、やがて広くソシュールの言語学が応用されて行くに従って主な用語となったものの中には、たとえば「ランガージュ langage」「ラング langue」「パロール parole」があります。「ランガージュ」は言語活動一般、「ラング」は「舌」の意味も有していますが特定集団によって共有された社会的な言語規則を意味し、「パロール」については「発言」の意味を有しながら個人的なスピーチを意味している感じです。特にフランス構造主義への影響を考えますと、どうやら社会的ラングと個人的パロールという組合せによって、ソシュール以外の様々な受け手に独特の言語に関する発想イメージを呼び起こしたように思えます。

おおよそソシュールの影響はモスクワ(ロシア 1915)、プラハ(チェコ 1927)の音韻論、コペンハーゲン(デンマーク 1931)の言語素論と比較的マイナーな地域で注目を集めた後、アメリカに亡命したロシアのヤーコブソン(1896-1982)とフランスのレヴィ=ストロース(1908-2009)が出会ったことによって『親族の基本構造』1949 が生じ、ストロースのフランス帰国からは次のフーコー(1926-1984)やボードリヤール(1929-2007)らへと繋がる影響が残された形である。

こうしてソシュールの後世に与えた影響を簡単に振り返ってみますと、ソシュールは新たな厳密性を示したと言うよりも、新たな別の角度による漠然とした全体像から骨格の素描を書き残しておいたような印象を受けます。また厳密性を進めようとしたのはソシュールよりもそれぞれ部分的な側面を選んだ後世の各研究者たちでありまして、ソシュールの場合は説明しきれない漠然とした直観的な全体像を示すために、部分的な側面同士を橋渡しさせる網目状の説明を行っていた感じなのである。

おそらくソシュールが注目されるに至ったのも、各側面に分岐したソシュールの影響を総合的に理解するのに最適と感じられた思想史的な関心にも一因があったことでしょう。



そこでソシュールの「ラング」と「パロール」という用語が簡単な日常的な表現である点に注目してみる。もしドイツ思想であったならば、もっと堅苦しく「社会的言語規約」とか「個人的言語作用」のような内容を説明する用語になったと思われるのだが、フランス語の「ラング」と「パロール」の場合は、予め複雑な全体像を控えた上でなされた簡単な日常的用語による表現であり、細かい理論内容を説明して行くにあたって対象分野に幅を持たせる効果を秘めているのである。つまり説明したい理論内容と直結した用語ではなく、説明しきれない全体像を象徴させた切り口に幅を持たせた用語なのだ。

まさにソシュールには、当時としては直観的にならざるを得ない全体像が用意されていたと考えられ、使いどころは異なっていたが自ら直観の必要性を説いていたブルクハルトと似たような感じです。そんな直観による全体像の掌握がスイス気質みたいなものに含まれていたのだろうか、ユングも自らも直観的であるとしてタイプ論を仕上げています。

なるほどカルヴァン、ルソー、ソシュールと、それぞれ応用されるまでに要した時間に開きがありましたが、フランスとスイス西部には親密性が伺え、特に社会と個人に関する分野においては、スイス西部の直観的イメージにたいしてフランスの合理的利用と言った役割分担が、何となく感じられなくもないです。



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  1. 2014/03/07(金) 23:58:04|
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