思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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スイス人の関心と解釈 ~ブルクハルトと直観~




思うことブルクハルト(1818-1897)の『イタリア・ルネサンスの文化』1860 の執筆動機の一つには、当時の様々な勢力が混在して来た19世紀の中で、過去のキリスト教と古代復興が混在していたルネサンス期においてどんな状況であったかを確かめようとする気持ちもあったことだろう。また明らかにキリスト教理念が減退して行く雰囲気にあった中、その減退の初期段階にあたるイタリア・ルネサンスから当時の西欧情勢に至るまでの概要を思い描く題材にしたかったと思われます。あるいは西欧における各地域の国民性を理解するため、イタリアの特殊性と周辺諸国への波及状況も視野に入れていたのかも知れません。

確かにブルクハルトの中心問題は、勢力の保革混在(保守・革新)の状況だったと考えられます。伝統キリスト教と古代ルネサンスが混在し始めた以降はカトリックとプロテスタントの混在状況も生じた西欧の歴史だったわけですが、当のブルクハルトもスイスにおける反宗教改革の歴史について講演(1845)を行っていたようです。特にスイスと地域を限定していることからして、当然のことながらイタリア・ルネサンスにはイタリアの特殊性を見ていたことになりましょう。

そうした観点から見るならば、『イタリア・ルネサンスの文化』は『Ⅵ風俗と宗教』の章もしくは『Ⅲ古代の復活』の章が中心となります。ブルクハルトはⅥ章で「北方諸宗派は新たな苦行の仕方を作り出したが、イタリアでは各人が自分の道を歩み、人生の大海で宗教的な無関心の中に迷い込んでしまった」と記し、Ⅲ章では「ダンテの『神曲』は古代世界とキリスト教的世界を、たえず並行させて扱っている」と記しています。

しかし日本の高等教育で学ぶ世界史の場合は、『Ⅱ個人の発展』や『Ⅳ世界と人間の発見』の章題に重きを置いた雰囲気にあり、そのため現在の社会学や心理学を未熟なまま留め続けている感じがします。たとえばフロム(1900-1980)は『自由からの逃走』1941 第三章でブルクハルトを引用していますが、それも同系列の結果です。フロムは宗教改革期のルターとカルヴァンの心理学的な解釈を行っているが、まるでヒトラーがナチス所属員に反ユダヤ主義を吹聴したように、ルターやカルヴァンを参考例にお仲間の心理学者へ武器を配分して自らの名を上げた恰好になってしまっている。

フロムはブルクハルトが用いた混在状況の社会学に触れずに、ただ無知な人々にわかりやすい個人いじりの方法を披露してしまい、またナチスに属していた人々については批判能力が欠落していたと説明していましたが、それはフロムを無批判に賞賛した人々自体にも等しく当てはまる傾向だったと指摘しておきたい。


さて話はもどりますが、もしブルクハルトにスイス的な見方が含まれているとしたら、それは「漠然と全体的な混在状況(多様性の結果)を見る直観」であろう。しかし混在と言っても、キリスト教と古代復興、教皇派と皇帝派、カトリックとプロテスタント、ヘーゲル主義とマルクス主義などと色んな対比がありえまして、いずれの混在対立の場合にも共通する何らかの社会的結果が直観されているわけです。そんな言葉で表しにくい混在状況についての直観を部分的なイタリア・ルネサンスの説明に用いることによって、同時に現在の他の混在状況にたいしても働かせている直観を潜在的に表現したブルクハルトだったと予想されます。

後のユングのタイプ論にしましても直観が扱われたりしましたが、チェコ・ボスニアのコメニウス(1592-1670)に影響を受けたスイスのルソー(1712-1778)やペスタロッチ(1746-1827)の教育論にも言葉で伝達しにくい直観による現実認識の必要性が求められている点で、何かスイスに特有な直観にたいする関心が認められそうな気もします。

それから現在の世界史に用いられている「ルネサンス」の用語については、おおよそミシュレとブルクハルトによるものとされていますが、どうやら『Ⅳ世界と人間の発見』の章題についてはミシュレの表現を参考にした部分と考えられ、もともとのブルクハルト自身のスタンスとしては、やはりキリスト教と古代復興の混在に関する部分にあったと思われます。





「イタリアも全ヨーロッパも第二のダンテを生み出せなかったので、古代世界とキリスト教的世界を絶えず並行させて扱ったダンテも、はじめて古代を力強く押し出した人物になってしまったのである」

『Ⅲ古代の復活 十四世紀の人文主義』より

ダンテ『神曲』天堂篇・18曲



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  1. 2014/03/07(金) 23:54:46|
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