思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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日本仏教と現在の痕跡


ざっくりと日本の仏教について述べましたが、特に注意しておきたい点は次の二つです。


(1)諸行無常や色即是空などは仏教に含まれていますが、だからと言って仏教全体に行き渡った基礎ではないこと。

(2)鎌倉仏教の禅宗(臨済宗・曹洞宗)と念仏系(浄土宗・浄土真宗・日蓮宗)は、方丈記や平家物語の雰囲気にたいする二つの反応であったこと。


現在の科学優位や産業優位の雰囲気では、もはや仏教は葬儀を中心とした伝統的慣習でありまして、隣人と同じような感覚で受け入れることで安心感を得られる感じにあります。しかしあまり意識的に感じることはありませんが、鎌倉時代に出揃った各宗派の影響は現在の日本にも残されています。

たとえば禅宗系と念仏系の分派によって強まった[自力・他力]の解釈図式が、その一つです。決して各人がそれぞれの属する宗派の特色に染まるという意味ではなくして、禅宗系と念仏系が点在している社会的状況を眺めて、それぞれ各人に[自力・他力]の解釈図式が形成されると言った感じであります。

それは一つの宗派の中で[自力・他力]が教えられるといったこととは異なったものです。確かに各人それぞれが自分の理念の中で[自力・他力]の関係を模索する自由を有しながら、仏教の教義としては各宗派ごとに分散化された社会状態にあった点が重要です。

自力系の禅宗仏教は他方の他力系の念仏仏教による結束力を見たり噂を聞いたりして、ある程度の他力理念による生活体制を作ったでしょうし、逆に他力系の念仏仏教の側も自力系の禅宗仏教における新たな指導者輩出の状況を参考にしたりしていたと考えれるわけです。

つまり計画的に二派に分かれたわけではありませんが、結果的に二派に分かれた後は意図的ではなかったにせよ、他力結束化と自力開発化という分業化がなされたと言えます。



そんな[自力・他力]の解釈図式については、今では疑念が抱かれて来ていますが、日本の集団主義と欧米の個人主義という分類に結びついていたように思われます。しがらみ上で物が言えない日本人に集団主義を感じながら、物が言える英米人に個人主義を見たのでしょう。

しかし英米人の周囲を気にして言わない事柄を考えずに、ただ日本人の側から見た英米人が口にしている点だけに注目していたわけでして、鎌倉仏教の分派状況から生じたであろう[自力・他力]の理念によって日本人論が作られたんじゃないかと思えます。

そういうわけで『日本人による日本人のための日本人論』に日本人的な思考作用を認め、かつ英米人的な思考についても同一領域で眺める世界史的な観点が必要となるわけです。

(日本的思考が[自力・他力]であったことにたいしては、西欧的思考はスコラ哲学の[唯名論・実在論]、もしくは[カトリック・プロテスタント]を並べて考えるのが一つの方法になろう)



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  1. 2014/02/26(水) 22:20:22|
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