思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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イロハ歌の成立条件(4)




冒頭の『色は匂へど』については仏教修行前の序章と解釈しておきましたが、それも四つの上の句のうち他の三つにはa段母音の連綴りが含まれていたのにたいして、最初の『色は匂へど』に限って用いられていなかったからです。

ところで『いろはにほへと』には、他にも面白い特徴が認められます。それは全部で五つあるハ行のうち、早くも冒頭七字で三つも使われている点です。つまりイロハ歌のハ行には、何か仏教的な修業(同段母音の連綴り)からは離れた日常生活における対応方針が醸し出されていると考えられるわけです。




そこで他のハ行二つ『ふ』『ひ』の行方を調べますと、第三段目と第四段目の下の句に一つずつ使われているのがわかります。(両者ともに語頭から二番目に位置している)

改めてa段母音の連綴りは『禅宗的な達観の不動性』を意味するものと定めて話を進めますが、すれば第三段目『おくやま』と第四段目『あさき』の上の句で禅宗的な達観が示されているのにたいして、下の句では冒頭のハ行に満たされた『色は匂へど』のような一般社会に戻って、新たな修業後の生活態度として『けふ』や『ゑひも』というハ行の響きが残された形と解釈できよう。

再度色分けしておいた図を確認してもらえばわかるとおり、赤文字ハ行と青文字aa連綴りは同一句内で同居することなく配置されていて、そして一段目の下の句『ちりぬるを』のみがハ行とaaの両者を含めていない特殊な位置を占めています。つまり『ちりぬるを』の部分こそが仏教的修業(aa連綴り)にも一般社会における対応方針(ハ行)にも関係していないのであり、平家物語では『こゑ』『いろ』『ゆめ』と続いて最後に位置づけられたところの『ちり』の部分に相当します。

もし歴史的観点から考えてみるならば、イロハ歌『散りぬるを』の一段目と平家物語『塵に同じ』の四段目の配置違いには、ちょっとした時代的な意識変化も認めることができるでしょう。おそらくイロハ歌では後々の仏教的修業を控えた状況説明としての『ちり』だったのが、平家物語では経験によって判定された現実認識としての『ちり』となったのだ。そして自力本願から他力本願への意識変化と並行した現象とも考えられるのである。





(いろ)はにほへと 【ちり】ぬるを

わかよたれそ つねならむ

うゐのおくやま けふ(こえ)て

あさき(ゆめ)みし ゑひもせす



祇園精舎の鐘の(こゑ) 諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の(いろ) 盛者必衰のことわりをあらはす

おごれる人も久しからず 只春の夜の(ゆめ)のごとし

たけき者も遂にはほろびぬ 偏に風の前の【ちり】に同じ



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  1. 2013/05/10(金) 23:45:04|
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