思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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インドにおける仏教の後発性



東南アジアの宗教状況を調べてみますと、マレーシアやインドネシアはイスラム教スンニ派が主流であり、その普及は15世紀初頭のマラッカ(マレーシアの大陸側半島部の西岸)からと思われる。そしてミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアは小乗仏教、ベトナムは大乗仏教って感じで、古代日本が中国や朝鮮半島の経由による大乗仏教と同じように、ベトナムの場合も北側の中国を経由した結果であるようだ。また小乗仏教圏内の華僑たちは大乗仏教の傾向にあるらしい。




さて北伝大乗仏教のベトナムにたいしてミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアは南伝小乗仏教だが、それは大乗仏教やヒンズー教が台頭して来たインドにおいても小乗仏教が残されていたセイロンなどの影響を受けていたからと思われる。大乗仏教のクシャナ朝はインド北西部、ヒンズー教のグプタ朝も北東部のガンジス川流域が中心であったようですから、セイロン島を介した小乗仏教の伝来が重要でしょう。

一方で発祥元である今日のインドにおける仏教信仰は極々少数であるが、それも千年以上前からヒンズー教やイスラム教が浸透し始めていた結果である。そこで『どうして発祥元のインドで仏教が衰退して、他の地域で重宝されているか?』っていった疑問を持ち、かつそこに『神様からのお知らせ』みたいなものを感じることが出来るかが、哲学、心理学、社会学、歴史学などにたいする才能というか、多くの種類の人間に関心を持って来たかの指針になろう。

ほんま、多くの人間に随時支持されることと多くの種類の人間を見ていることとは実際は大きく異なっているわけなのだが、まあ多くの人間は多くの種類を知りたがらないばかりか、沢山の支持によって多種類についての知識さえも独占しようとするから、有り難いことに色々とバトルを勃発させて楽しい世の中を作ってくださるわけである。

いやはや大分話がそれましたが、インドの仏教衰退論については加藤周一の『土着世界観』を各文化地域に当てはめながら、トインビーがペロポネソス戦争やローマ帝国滅亡で用いた『内的プロレタリアート』によって『インドにおける仏教の後発性』を考察するのがよいだろう。ここで一定の見解を示したいところだが、あまりに簡単に公表するのもコロンブスの卵くらいの内容だから、価値がある割に当たり前のように拾われるだけなので控えさせてもらいます。

まあ、匿名多数にたいして箔が付く説明に忙しい間抜けな現代心理学や社会学たちは一体どんな説明をするかわからないですが、インドの仏教衰退論には多種類の人間を考慮してきた社会学的帰結が必要となるだろう。



全く日頃耳にする現代心理学やと社会学の解説には、うんざりである。甘えた匿名多数たちの支持獲得に困ったゆえの心理学や社会学なのか、それとも甘えた心理学や社会学にゆえに進化してしまった匿名多数たちなのか、よくわかりませんね。

爆笑問題の田中さん?身内が得するツッコミばかりじゃなくて、ここも突っこんでね?

『やめなさい』って。



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  1. 2013/04/28(日) 08:36:42|
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