思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『桜の園』と二大政党意識 ~共産ロシアと均衡オーストリア~




All the lonely people where do they all come from ?

All the lonely people where do they all belong ?

( Eleanor Rigby より)



1966年、In my life や We can work it out の『人生 life 』によってイタリア・ルネサンスの雰囲気に入ったビートルズは、次のアルバム『リボルバー』の Eleanor Rigby のような "lonely" を問題とする段階に入りました。ヴォーカルを担当したポールが翌1967年の Sgt.pepper's "lonely" hearts club band を構想したのも、Eleanor Rigby を延長させた一つ結果と思えなくもありません。



ところで時代とは、不均等かつバラバラに変化するものであって、決して均等かつ一斉に変わったりはしません。特に第二次世界大戦が終わってからの新たなテレビの普及などによって、さらに伝統派と改新派の開きは加速し、世代間の文化的格差も大きくなったと言えます。たとえばオーストリア出身ドラッカーの『断絶の時代』が出版された1969年という時期を考慮してみれば、そんな状況を察することができましょう。

古くはロシアのチェーホフ作『桜の園』1904 のラネーフスカヤについて、それを昔の生活に固執した没落結果と考えることは一般的に支持されているとおり可能なわけですが。しかしロシアの三月革命 (1917) が『桜の園』よりも後に起こった事件であることを考慮しますと、ロシア本土における捉え方としては、新たな資本主義的な自由競争が伝統的な人的均衡を崩壊に導くことの一つの参考資料と見られていた可能性が想定できます。実際のところ、第一次世界大戦中の食糧が行き渡らない状況においては、現行指導部の戦争継続方針にたいして『自由競争の理念』を見たポリシェヴィキ勢力が現れ、結局は政権を樹立してUSSRの成立 (1923) にまで至ったロシアなのであります。

あるいは現在も採用されている1944年に制定されたロシア国歌 (詞の改編は有り) についても考えておきますと、それはパッヘルベルのカノンとコード進行を等しくする曲でありまして、すでに1936年にアレクサンドロフによって作曲された『ポリシェヴィキ党歌』という曲だったと言います。

ロシア国歌

そこでカノンコードの特質を『四度目の挑戦』として考えて論を進めますが、1990年代から頻繁に応用されている日本歌謡界の場合は各個人レベルの人生的な『四度目の挑戦』を表す形です。しかしロシア国歌の場合は、もっと民族的な先祖の浮き沈みを含む歴史的な『四度目の挑戦』を意味させる形と言えましょう。つまり現在の繁栄は先人の三度の試行錯誤によるものであり、かつ未来の繁栄のために三度目の試行錯誤を行う現在を表現させる歌なのです。



おそらく日本における『桜の園』の解釈は、ロシアでなされていた『桜の園』の解釈とは多少なりとも異なっていることでしょう。日本的な解釈はロシア的な共産主義理念よりも、むしろシュムペーターのイノベーション論やドラッカーのマネージメント論のような ―――ドイツ歴史主義 (シュモラー)と対立したオーストリア学派 (メンガー) ――― オーストリア的な資本主義理念に近い解釈なのです。さらにはイギリスにおいてさえも1980年代のサッチャー政権の頃より、伝統的な二大政党意識が薄れ、新たにオーストリア的理念へと移行して行ったと思われるのであります。



しかしビートルズには伝統的なイギリスの二大政党意識は多分に残されており、『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』では Eleanor Rigby とドイツ・マルクスが用意されていた時代でした。




かの王室演奏 (1963.11.4.) で発せられたジョンのジョークとはイギリスにおける二大政党意識を意味したものでありまして、貴族や金持ちにはそれ相当の社会的責務が求められていることを示唆したものでした。そして翌年のアメリカ進出などによって、今度は貴族や金持ちの側に立ったビートルズなのです。



そこでポールが施した方法としましては、『64歳になった時』の中で you'll be older too と示されているように、生きていれば誰でもエリナーリグビーのように歳をとるだろうことを諭した形であります。全く When I'm sixty-four の出だしを聴けば何だがのどかな雰囲気が漂う曲調ですが、それも夏目漱石が『智に働けば角が立つ』と記したように、各人が持つ自尊心を配慮した結果でしょう。あるいは子供の記憶にも早いうちから刻んでおこうとする童謡の役目も働かせた結果であり、一種の社会風刺をした Maxwell's silver hammer にも認められる特質と思われます。

When I'm sixty-four

おおよそポールには危険回避と自己保身の優先性が自覚されている感じでして、しかも自他の区別なく全般的な慈善活動に ―――『情けは他人のためにあらず』ではありませんが――― 自己保身や出番確保の要素を察知している感じがします。ですから自己犠牲や正義遂行という名目が自己保身を抜きにして正当化されることは、ビートルズの他の三人を含めて、ポールにもなかったと思われます。

おおよそジョンの場合は、日常的に注意していた危険性回避のを外しながら『ムンクの叫び』のような人々には聞こえない叫びの追求へと向かった感じでありますが、ポールの場合は、阿波踊りの『踊る阿保に、見る阿保』にたいして『人混みの危険性を見ながら、孤立の危険性を避けるために踊る』です。それは特に Rocky Raccoon や For no one 、それに Maxwell's silver hammer に強く感じられます。





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
スポンサーサイト
  1. 2012/08/21(火) 22:26:37|
  2. 他人事天国
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://gold1513.blog48.fc2.com/tb.php/456-e5e12edc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。