思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

【試論】早生まれの冬女たち (1) ~文化環境が作る性格形成の可能性~




早生まれの女には何かあると思えるようになった一つの根拠とは、カノン進行の応援歌を歌った三人にある。調べによれば、『夢をあきらめないで 』'87 の岡村孝子 (1962.1.29.)、『負けないで』'93 の坂井泉水 (1967.2.6.)、『TOMORROW』'95 の岡本真夜 (1974.1.9.) と、いずれも早生まれなのである。

なるほど、ただこれだけの根拠から判断されているのを見れば『ただの偶然じゃん?』と疑いの目で眺められても仕方がないと思われますが、それはほんの一つの契機なのであります。

と言いますのも、1970年代初頭に吉田拓郎や井上陽水などの新たな男性シンガーソングライターが現れ始めたに引き続き、女性のシンガーソングライターたちも現れてきましたが、その有力どころの五輪真弓 (1951.1.24.)、森田童子 (1952.1.15.)、中島みゆき (1952.2.23.)、松任谷由実 (1954.1.19.) も早生まれなのであります。

しかしここで言いたいことは、決して『女性シンガーソングライターには早生まれが多い』と言うことではありません。実際のところ女性シンガーソングライターにも色々と種類があるわけでして、その中の限定された音楽的特質にたいして、何か早生まれと密接な関連性があるのではないかという直観的推測によるものにすぎません。



そもそも『早生まれ』とは、日本の文化環境に刻み込まれてきているものであります。おそらく小学校の名簿配列は誕生日の順とするのが慣例であったでしょうし、たとえそうでなかったとしても、四月を先頭に三月を区切り (実際は4月2日から4月1日) とした学年制度であったがゆえに、早生まれの生徒たちには自然と後方25%の意識が多少なりとも生じていたと想定できるわけです。

しかし奇妙なことには、一月から三月へと年明けカウントを行う際には先方に位置しているがゆえに、『早生まれ』と呼ばれているのであります。つまり四月を先頭とする学年制度を強固な基準としながら『遅生まれ』と呼んでもよかったのに、それを変更することなく年明けの順列に従って『早生まれ』と呼んでいるのです。

そんな奇妙な二重基準が残されていたために、早生まれの立場としては、自らが不得手とする分野については早く生まれた前年四月から十二月の先行75%の人々に任せて、自らが得意とする分野については年明け順列の先行25%に属すると自己肯定しうる雰囲気にあったと考えられます。



ただし問題は学年順列と年明け順列の二重基準の影響だけに限らず、【女】や【寒さ】についても考えておく必要があります。

そもそも音楽以外の運動や学力などが男性的分野とみなされがちであった文化的環境のため、学年順列の後方25%に属する生徒たちの中、一部の音楽分野に自己承認しやすかったのは女性の立場に偏っていたと言えます。あるいはまた、春の桜に強い社会的な象徴を抱いている日本文化であることや、毎年誕生日という名によって意識することとなる寒い時期の自らの出生などから、言わば【春への意志】のようなものを自らの役割として思い描く立場になりえたのではなかろうかと想定しうるのです。

こうして寒い時期の誕生日が関係しているだろう点についても考慮しておきますと、『早生まれ』の中でも特に一月生まれと二月生まれの人々にたいして、勝手ながらも【早生まれの冬女】の名称を与えておきたいと思います。



見れば中島みゆきを除く、五輪真弓、森田童子、松任谷由実、岡村孝子、坂井泉水、岡本真夜は、年明け37日間におさまる、わずか一年365日の約10%に限られた期間に集中しているのであります。

松任谷由実の『春よ、こい』'94 の『まだ見ぬ春』の歌詞には【春への意志】を認めてよいだろうし、『卒業写真』'75 の『人混みに流されて、変わってゆく私を』には、人混みの春への従属ではなく【まだ見ぬ春への意志】の自覚が感じられるのである。

また五輪真弓の『さよならだけは言わないで』'78 は、『この街の角に春が来ても …… 後ろ姿のあなたが見えるだけ』である。森田童子の『ぼくたちの失敗 』'76 は『春のこもれ日の中で …… 僕は弱虫だったんだよね』と歌い、『春爛漫』'76 では『春よ、春に、春は、春の、春は遠く』と花吹雪の散乱に人間側の観点の流転を重ねている、

そして中島みゆき作詞作曲の『春なのに』'83 では『ため息、またひとつ』と歌われているが、それも【春への意志】があるゆえに生じうるため息なのだろう。



一方、1950年代前半の世代にたいする1960年代以降の世代の『夢をあきらめないで』、『負けないで』、『TOMORROW』では特に『春』は示されてはいません。しかし、80年代後半から90年代前半にかけての【応援カノン進行曲を歌った世代】と【70年代に登場した初期の女性シンガーソングライター】が共に早生まれに集中していることが単なる偶然ではないとするならば、【春】が前面に押し出されなかったのは活躍し始めた時代状況の違いであって、応援カノン進行曲の世代にも70年代のシンガーと等しく【春への意志】が根底に働いていたと想定しうるのであります。

おおよそ【春への意志】には現状の春にたいする【一歩引き】が生じますが、それは単なるタテマエによる本音隠しの一歩引きではなく、現状の春に似合わない春への意志による一歩引きです。たとえるならば花札で言う一月の『松に鶴』であり、襖を隔てた『鶴の恩返し』の一歩引きみたいな感じと言えましょう。



ですから応援カノン進行曲はチアガールのような応援ではなく、襖を隔てて織られたきた織物のような応援なのです。意味合いはかなり異なりますが、鶴の『決して覗かないで』のごとく、それぞれ『あきらめないで』、『負けないで』、『怯えないで』と襖を隔てた禁止的表現による応援となったのでしょう。つまり鶴が恩返しへの意志を覗くことを禁止したように、【春への意志】を覗くことを禁止した応援カノン進行曲であって、70年代の女性シンガーの【春への意志】と類似した領域にあったと言えます。



さてはて以上の論述より、どれほど早生まれの冬女と歌謡界の時代推移の関連性が認めうることになるのでしょうか?

もし仮に【春への意志】なるものが認められたとしても、すべての早生まれの女性に共通する特質ではない点が問題になりましょうし、また早生まれ以外の女性シンガーソングライターたちにも確認しうる特質として吟味されることでしょう。しかし問題の中心は、【早生まれと女性シンガーの関連性】よりかは、むしろ【文化環境にたいする意識経過】の吟味にあります。

一般的に著名人の活躍については、『才能か?努力か?』とか『素質か?環境か?』の関心が無意識にも入り込んでいるため、個人を分析する能力心理学の雰囲気が出しゃばってくるのであります。

そうではなく、あくまでも『ある特定領域の文化形態が、ある特定の文化環境意識にある人々の発信によって支えられていること』が主要課題であって、『ある特定領域の文化形態を支えている人々の能力発生の要因』を人々に聞かせることが問題なのではありません。つまり『早生まれが女性シンガーソングライターの能力発生の要因』と言うつもりは全くなく、『ある特定の早生まれ意識が伝統的文化環境を新たに解釈し、その解釈が普及することによって新たな文化環境が形成されること』にあります。

ですから才能ある人物の出現要因を示そうと思って『早生まれ』に注目したわけではなく、才能あると認知されている人物とは新たな文化環境についての意識を抱いた人物なのであって、その新たな意識の発生に『早生まれ』が関係していたであろう点にあります。

まあ簡単に言ってしまえば、著名人たちを調査しながら才能の要因を解明してやろうと一生懸命な人々には、文化論的に理解する才能はないと言うことであり、才能ない人々が著名人を利用しては才能論を言って聞かせているのである。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
スポンサーサイト
  1. 2012/06/10(日) 18:59:53|
  2. 新しい日本人論
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://gold1513.blog48.fc2.com/tb.php/425-d9571e30
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。