思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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【試論】カノンコード形態論 ~時代世代の変移~




さてカノンコードについては勝手に【四番目の正直】や【三転び四起き】の特質を決めつけておきましたが、ここではさらにカノンコードの使われ方による様々な形態について考察しておきたい。

まずカノンコードの形態については、おおよそ次のように分類してみた。


【願望カノンコード】

『亜麻色の髪の乙女』'68、『翼をください』'71、Mr.Children『終わりなき旅』'98



【懐かしみカノンコード】

渡辺真知子『唇よ熱く君を語れ』'80(サワリ)、小林明子『恋におちて』'85(サビ)、テレサ・テン『時の流れに身をまかせ』'86(サワリ)、中山美穂『世界じゅうの誰よりきっと』'92(サワリ)

(内三曲はⅠやⅤの変わりにⅢmの変則使用?)



【応援カノンコード】

岡村孝子『夢をあきらめないで』'87、ZARD『負けないで』'93、岡本真夜『TOMORROW』'95



【信念カノンコード】

KAN『愛は勝つ』'90、『それが大事』'91、光GENJI『勇気100%』'93



【観照カノンコード】

BORO『大阪で生まれた女』'79、松任谷由実『守ってあげたい』'81、『クリスマスイブ』'84、spitz『チェリー』'96、木村弓『いつも何度でも』'01



【旅立ちカノンコード】

I WISH『明日への扉』'03、森山直太朗『さくら(独唱)』'03、コブクロ『桜』'05





最も初期に日本で広く普及したカノンコードの曲は教科書にも採用された『翼をください』であったと想定できよう。ただ『亜麻色の髪の乙女』の方が先行発売だったとは言え、それは島谷ひとみのリバイバル ('02) までメジャーではなかったと見なしておきたい。

まさに日本歌謡界におけるカノンコードとは【願望】の意味合いによって広まったのであり、『三転び四起き』の三転びには注目せず、四起きへの願望を翼に象徴させた形であった。しかしカノンコードの基本である {Ⅰ-Ⅴ{Ⅵm-Ⅲm{Ⅳ-Ⅰ{Ⅳ-Ⅴ{ にたいして『翼をください』の場合は最後を -Ⅰ{Ⅶ♭-Ⅴ{ としており、カノンコードがⅠからⅣへ+3していたのにたいして、ⅠからⅦ♭へとマイナスさせてからⅤへの急進的上昇を演出させているかのように思えます。



そうした状況から、やがて80年代後半から90年代前半にかけては【応援】と【信念】のカノンコードが流行しました。前者が女性ヴォーカルで、後者が男性ヴォーカルであったのも、単なる偶然ではなかったと思われます。そしてカノンコードの最終部が-Ⅰ{Ⅳ-Ⅴ{であるのにたいして、日本歌謡界では-Ⅰ{Ⅱm-Ⅴ{の形が多々用いられている感じもします。

それから『夢をあきらめないで』、『負けないで』、『勇気100%』は『翼をください』と同様にサビに限ってカノンコードが用いられた形ですが、『愛は勝つ』、『それが大事』、『TOMORROW』の場合は、新たにサワリとサビの両方で用いられ始めている点が特徴的と言えましょう。

おおよそヴォーカルの岡村孝子 (1962-)、坂井泉水 (1967-2007)、岡本真夜 (1974-)、KAN (1962-)、立川俊之 (1966-) の生誕年には、ある一定世代の傾向と留めておけます。



【応援カノン】の共通性については『~ないで』が用いられている点があげられ、『夢をあきらめないで』と『負けないで』ではタイトルとサビに、残りの『TOMORROW』では『見るものすべてに怯えないで』と歌われている。その『~ないで』とは、三転びの経験によって中断するのではなく、四起きへの持続を応援するのである。『翼をください』の【願望カノン】では三転びはさほど注目されていなかったが、【応援カノン】によって挑戦の繰り返しとして三転びによる中断を示唆しているのである。

こうした【応援カノン】が三転びによる中断から四起きに相当する『夢』、『ゴール』、『アスファルトに咲く花』へ関心を向けさせたのにたいして、【信念カノン】は新たな心の持ち方を訴えました。負けないこと、逃げ出さないこと、投げ出さないことと三転びの中断にたいしては四起きを信じ抜くことを訴え、そして必ず最後に愛は勝つと信じることを示した形です。



そして90年代前半に【応援カノン】や【信念カノン】が流行ってからと言うもの、今度は【観照カノンコード】の『チェリー』に認められるような、もはやサビにではなくサワリにカノンコードが用いられる形になっています。もはや【観照カノン】では【願望】、【応援】、【信念】もパターン化された一定の結果として観照 (現実認識) され、三転び四起きも経験知とされています。

実際のところ、『チェリー』では『曲がりくねった道をゆく』で三転びが観照され、『生まれたの太陽』で一つの四起きの状況が観照されるのであり、『いつも何度でも』では『海の彼方にはもう探さない』ときっぱりと願望や信念への頑張りを拒否し、『ただ青い空の青さを知る』と三転びからは観照を得るのである。

カノン進行との適合度については詳しく吟味できる立場にありませんが、遡ること『大阪で生まれた女』、『守ってあげたい』、『クリスマスイブ』に【観照カノン】の前身を考えておきたい。

『クリスマスイブ』は『きっと君は来ない』と三転びの経験で判断しているが、決して四起きを否定しているわけでもない。それは三転びの経験と四起きの夢を同時に想起した現実観照の意識を保っている。また『守ってあげたい』については一種の願望が示された形ではありますが、『あなたを苦しめるすべてのことから』と現実解釈 (観照) を進めていく動機が歌われているのである。そして『大阪で生まれた女』では、大阪での三転びあるいは青春の三転びにたいして、不連続な東京での四起きあるいは社会人の四起きを示唆している。しかしそこでは四起きへの願望が歌われているのではなく、むしろ青春時代に三転び四起きのパターンを観照し、今後の漠然とした三転び四起きへの踏み込みを描いた形なのである。

A Whiter Shade Of Pale
(直接カノンコードとは関係していません)



さて『亜麻色の髪の乙女』については、『翼をください』と同様に【願望カノン】に分類しておきましたが、それは理想像としての乙女であるからです。確かにその理想像の乙女にしても三転び四起きを経験し現実観照を獲得した人物として設定されている感じがしますが、1968年の状況からしますとやはり【願望カノン】の特質が強く、若干【応援カノン】を含んだ形でしょう。

ただ2002年の島谷ひとみによるリバイバルでは、『チェリー』や『いつも何度でも』を経過していたため、【観照カノン】を含んだ形で普及したと考えた方がよいと言えます。



そして『明日への扉』や『さくら(独唱)』の【旅立ちカノン】となりました。現在を節目となる三転びした後のひとときの四起きとし、未来の見知らぬ三転び四起きへ向かう感じである。『明日への扉』について言えば、それは『長すぎた旅のあと』のひとときの『たどり着いた』に立ち、『でこぼこの道』を歩き始めるのである。まさに【旅立ちカノン】の特質とは、過去と三転び四起きと未来の三転び四起きの中間点にひととき四起きを置いたことにあります。



以上、カノンコードとは【四度目の正直】や【三転び四起き】をテーマに含んだものでありまして、様々な形で全体の中に組み込まれることによって色んな様相を示している感じであります。

全く音楽のコード進行に関する知識は充分でないため詳細にふれることは出来ませんが、様々な変化アレンジによってカノンコードが応用されていると思われ、もっと多岐にわたる考察も必要となるでしょう。

おそらくカノンコードの三つの同一降下にある【Ⅰ>Ⅴ】【Ⅵm>Ⅲm】【Ⅳ>Ⅰ】とは、自分自身の三度の苦境の他に、人それぞれの苦境や世代それぞれの苦境などの社会的多様状況をイメージさせるものであろう。まるでそれにあわせてか、カノンコード自体も時代や世代によって、捉え方が異なっているかのようである。



さて『上からマリコ』については、【何カノン】って名付けようかな?

きっと『三マゾから四度目のサド』が鍵になりそうだね。


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  1. 2012/06/08(金) 20:49:09|
  2. 歌謡史
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