思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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【光のどけき春】の思考形態




久方の 光のどけき 春の日に

しづ心なく 花の散るらむ

(紀友則)



はて、この古今集に登場する一句は百人一首にも抜擢されているとおり、日本ではこの麻呂 (わたくし) も含め、たいそう人気を博しているものと伺っている。

ところが友則殿が意図していた歌心については、麻呂をもってしてもよう知らず、ほとほと曲解にあらんやの疑いもあり。されど麻呂に舞い降りた光のどけき春という事実は、嘘偽りにあらず。まさに本家本元とは違えど、後世の麻呂に残した事実のみは誠を譲らず、仮に誰か麻呂の曲解を攻めくるにせよ、責任の所在はもともとの光のどけき春が発せられた時にあり。



実際、【光のどけき春】と【散る花】の対比モデルとなって、現実認識に関わる象徴的原型を人それぞれに連想させる、そんな原本の役割を担うことになったのである。

それは時に "広き光の中" で消えていく "狭き花" であったろう。あるいは "広き人類の持続の中" で消えていく "狭き個人の一生" であったろう。または "多数の光の中" で消えていく "少数の花" であったろう。そして "新たな光の中" で消えていく "古き花" でもあったろう。 "現在の光の中" で "過去の花を想うもの" であったろう。 "未来の光を想う中" で "現在を散る花" にするものであったろう。

繰り返すとおり友則自身の意図は知らないが、友則の波及性が多様化して現在に及んでいるのである。

おそろしか、光のどけき春。

光のどけき春が、後々の人々の多種多様な思考形態を生み、競争させている。

まずは賀茂真淵と本居宣長によって始められた万葉集と古今集の分類解釈から古今集の意力不足が問題とされた感じなのたが、万葉派は光のどけき春の多種多様な解釈を見ず、ただ一部の囲い込み古今派のみを取り上げて、それを古今集の全体と解して排してしまったのである。



そうなのだ。必要だったのは、実は古今派内による競争にあったのである。

戦中特攻隊作戦では、【光のどけき春】のために【散る花】になれと強制された。つまり【お国】のために【殉死】しろであったのだ。しかしそれは一つの光のどけき春だったに過ぎない。

そして終戦後は戦争犠牲を過去の【散る花】と見て、それぞれが生活して行くための新たな【光のどけき春】を描き始めたのである。また学生運動や連合赤軍の社会主義にしても然り、一種の光のどけき春を目標にして団結行動を試みたのである。

そんな社会主義的な【光のどけき春】の追求にたいして【散る花】を示したのが、新谷のり子の 「フランシーヌの場合」'69 やセルスターズの 「ハチのムサシは死んだのさ」'72 である。

山本コウタローの 「岬めぐり」'74 は個人の散る花が社会の光のどけき春の迷惑にならない配慮する様子を示し、逆に武田鉄矢の 「贈る言葉」'79 は散る花の涙を成長と言い聞かせている。

70年代とは 「翼をください」'71 より、【光のどけき春という社会】の中で【各人それぞれの散る花】として一羽のカモメや鳥に重ねる傾向にあった時代だったのである。

そして荒井由美の 「ひこうき雲」'73 は若すぎる死 (散る花) を一般的人々 (光のどけき春) の立場から憐れむことの無礼や他者が生きていた過去についての無関心にたいするプロテストソングであり、中島みゆきの 「時代」'75 は巡る時代 (光のどけき春) にたいする現在の倒れた旅人 (散る花) の歌だったのだ。

彼女の 「空と君とのあいだに」'94 「旅人のうた」'95 には、相当のマンハイムの知識社会学が働いている。それは 「ファイト」'83 の【私の敵は私です】では不足していたばかりか、逆にその言葉で【孤独な人につけ込む】人々の勢力を見たからである。

自分が光のどけき春に割り込むには、そのつけ込みに同意参加する必要がある。さもなくば散る花の側に所属させられるだろう。子供を【突き飛ばした女の薄笑い】がダッコチャン風な雰囲気へと進化してゆく中、【ただ恐くて逃げました】から【君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる】となったのである。

90年代中盤から彼女が社会学的立場を基礎とした歌詞へ向かえたのは、「春なのに」'83 までの一連の光のどけき春にまつわる社会学的解釈図式を用いてきたからであろう。もはや彼女の才能か否かは問題ではなく、見える者には見えてしまうと言うほかはなさそうである。



春霞 かすみて往にし 雁がねは

今ぞ鳴くなる 秋霧の上に


これは紀友則の作とされる和歌なのだが、光のどけき春と合わせて考えるならば、散る花とは光のどけき春が似合わない北へ帰る雁がねであり、再び秋となって声を聞かせるのである。それは社会内で死を迎える一般的な個々人の死ではなく、春が似合う桜たちと春が似合わない雁たちの社会学と言った方がよいものであろう。



人は同じように【光のどけき春】を見ていないのである。そして同じように見てないために、異なった【光のどけき春】の人々と争っているのである。政治を見れば一目瞭然で、セクト主義的に小じんまりと囲われた【光のどけき春】をこそこそ守りながら、外部にたいしてはとぼけた自作自演の 「社会のため」 という【光のどけき春】を説いているので、色々と論議が起きているのである。



そこらの心理学や社会学を学ぶくらいならば、中島みゆきを聞いた方がよい。また新たな心理学や社会学の開発のために欧米思想ばかりに頼っているよりかは、光のどけき春の分類とその様々な解釈による人々の活動結果を見た方が早い。



中島みゆきは、まるで虫めづる姫君のごとく、世の中を見ているかのようだ。



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  1. 2012/02/28(火) 22:34:50|
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