思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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ドイツ理性批判とフランス構造主義




カール・マンハイム (1893-1947) は【浮動するインテリゲンチャ】と言い、アントニオ・グラムシ (1891-1937) は【有機的知識人】と言いました。それはほぼ同時期に直接的に接触がなかった両者が、共に知識人と社会状況の関係に注目しながらも、それぞれ異なった側面から考察していたことを意味します。

ところでマンハイムはハンガリー出身、グラムシはイタリア出身なのですが、それぞれ【ドイツ理性批判】と【フランス構造主義】の学派的系統に分類しておくのも一つの方法と見なせます。

マンハイムの知識社会学とは、カントの純粋理性批判から始まる現実解釈している側の理性の使用状況を吟味してきた結果、マルクス主義の理性使用の状況と反マルクス主義の理性使用の状況を眺めることになったようなものなのです。

そしてそれぞれが相手側の理性使用をイデオロギー (虚偽意識の意味) と罵倒宣伝し合っているのを見て、その多様なる理性使用の社会的結果を見る【浮動するインテリゲンチア】を示した形と言えます。

逆にグラムシのヘゲモニー論の場合は、多様なる理性使用がなされている社会状況の中、ある程度の勢力を保ち得るインテリゲンチアと迫害や無視などにより保ち得えないインテリゲンチアの相違から【有機的知識人】に注目した感じなのであります。

つまりマンハイムとグラムシは、マルクス主義の台頭により新たな知識の社会的効果を観察していた点で等しく、マンハイムがドイツ理性批判をまとめたのにたいし、グラムシが後のフランス構造主義の発端を形作ったものとたとえられるのでしょう。



結局のところドイツは、集客効果がない現実解釈 (浮動するインテリゲンチャ) は役立ないとしてニーチェの 「力への意志」 を 「集客への意志」 と曲解した形でナチス・ヒトラーの全体主義に向かい敗戦となりました。そのためドイツ【理性批判】の立場も亡命フランクフルト学派 (ユダヤ人が多い) によるフロムの 「自由からの逃走」1941 やアドルノらの 「権威主義的パーソナリティ」1950 によって【批判理論】の方向へとズレてしまったのです。

もう少し詳しく説明しますと、【理性批判】は現実解釈の方法を批判していたのですが、フランクフルト学派の【批判理論】は他者の現実解釈の形成について無知なる人々へ心理学的な解説をするようになったのです。フロムは自由の欠如が虚偽意識への追従を生んだと説明することで自由の審査員となり、アドルノらは自由の欠如についての権威主義性を評論したようなものです。

一方のマンハイムの知識社会学がフランクフルト学派と異なっている点は、他者の虚偽的イデオロギーを解説する場合にも、その自らの解説に虚偽的イデオロギーが含まれている自覚を求めたことにあります。フランクフルト学派の場合は、ただヒトラーなどの全体主義に匿名大多数が恐怖を感じたことをよいことに、他者のイデオロギーについて 「私解説する人、あなた聞く人」 的にフロイト的精神分析のような言論の自由を行ったにすぎません。つまりフランクフルト学派は、マンハイムの【普遍的把握のイデオロギー論 (形態論) 】を理解しないまま、ただ【特殊的把握のイデオロギー論 (個別命名) 】による全体主義の解説に励んでいたに過ぎません。

(マンハイム 「イデオロギーとユートピア」 Ⅰ-6 参照)



そんな無批判性を危惧しながら自由な批判によって互いを高め合おうとすることに目標を掲げた戦後フランクフルト学派の方法にたいして、もっと個人個人が周辺社会の記号的環境に左右されている現実解釈の方に注目したフランス構造主義だったと言ってもよいかも知れません。

フランクフルト学派の場合、はじめに大多数が改革しようと思っている事柄 (全体主義) 選んでからその解説 (個別命名的) に勤んだ感じなのですが、フランス構造主義の場合は全体主義を目撃したことによってそこに全般的な社会の一側面を見つけ、そして全般的な社会の一つの状況として説明 (形態論的) しようとした立場と言えます。

先立つことイタリアのグラムシのヘゲモニー論は、資本主義や全体主義に限ったヘゲモニーを問題にしたのではなく、資本主義や全体主義に一般的社会におけるヘゲモニー構造を見て現実解釈を試みたのであり、後のフランス構造主義へ影響を残した形である。



要するにマンハイムの知識社会学は、前もって戦後フランクフルト学派のような特定他者をテーブルにのせては自らを解説専門の人物と自己演出する個別的イデオロギー論の方法を戒め、普遍的イデオロギー論の領域を示しました。しかし大多数は 「相手方のイデオロギー形成に治療の必要性がある」 と宣伝し合う個別的イデオロギー論的方法をとっているので、新たな普遍的イデオロギー論を用いるためには【浮動するインテリゲンチャ】になる必要性を説いたマンハイムだったわけである。

それに比べてグラムシは、浮動するインテリゲンチャと言っても、肝心のヘゲモニーにありつけなければ浮動し続けてしまう点を危惧したためなのか、それともヘゲモニーにあやかり続ける小じんまり性の運命を危惧したためなのか、いずれにせよヘゲモニー論に【有機的知識人】を含めることになったわけです。

なるほどグラムシのヘゲモニー論やフランス構造主義の現実解釈も一種の虚偽イデオロギーであるから、マンハイムの普遍的イデオロギー論の一つとして含める必要性であろう。つまりマンハイムの知識社会学は現実のイデオロギーの社会的多様性の状況を意識させようとするものであり、かつその多様性を解釈しようとしている自分自身さえもそのイデオロギー多様性理論の中へと持続させて行こうとする基盤になっているのだ。

そしてグラムシのヘゲモニー論は、マンハイムの知識社会学によってまとめられているイデオロギーの多様性についての認識から、それぞれの支持協調や批判闘争、あるいはそれぞれの権威の社会的分布のヘゲモニー構造を解釈してゆくのである。

こうしてマンハイムの知識社会学とグラムシのヘゲモニー論とは、【普遍的イデオロギー論の認識からヘゲモニー論を構築すること】と【構築されたヘゲモニー論を普遍的イデオロギー論の一つに組み込むこと】を絶え間なく共振持続させていくことによって、新たな社会学の領域に達するのである。


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  1. 2012/02/24(金) 11:48:06|
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