思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

モンロー主義とルーズベルト・コロラリー ~アメリカの気持ち~




1823年のモンロー宣言とは、一体何を意味するのだろうか?現在のアメリカを理解するためにも避けては通れないのが、アメリカ自身のモンロー主義という特質とその他国におけるモンロー主義についての解釈である。

アメリカの独立戦争とは、本国イギリスからの代表を入れない一方的な課税にたいして 「代表なければ課税なし」 のスローガンのもとで成功させた。そして初代大統領が就任したのが1789年であった。

それから30年余りでモンロー宣言にいたった訳だが、独立戦争の場合、自国アメリカと本国イギリスとの【対面独立】だったことにたいして、モンロー宣言の場合はヨーロッパ植民地主義にたいする南北アメリカの【独立社会】を指導者的な立場から示した形であった。たとえイギリスとの共同宣言を拒んだことを考慮したとしても、単に後々まで続いてゆくアメリカの孤立主義的な外交姿勢と解釈するには無理があり、逆に同盟協調外交という理想姿勢と比較して判断された 「孤立主義」 である点に注意する必要があろう。



一方、ヨーロッパのウィーン会議 (1814) を察してみれば、フランス革命前の均衡を目指した 「ヨーロッパのコンサート」 であった。そんな新たな独立国の発生を抑え込むため伝統的君主たちによる協調体制も1821年にはギリシャの独立戦争となり1829年に独立、1831年にはベルギーの独立となっている。また奇妙なことに、ヨーロッパではフランス革命の波及によってウィーン体制で旧来の均衡を臨んだが、南米ではナポレオン勢力で弱体化した本国スペインからの独立を進めた形となっている。

そうしたヨーロッパ情勢を考えれば、各国の独立を抑え込むのではなくその独立への干渉を非難した点で、アメリカのモンロー宣言は時代を先どりした意見を表明していたことになる。それは【各国が集まって定めた国際法】ではなく、時代を先どりした【自己宣言による国際スタンダード化】の効果を有したものと言えよう。



それにしても 「モンロー主義」 って、一体、にゃんだ?

孤立主義?

モンロー宣言って、ヨーロッパの植民地主義にたいする相互不干渉だったのだから、それを一緒くたにアメリカ外交の孤立主義という基本姿勢として含めてしまうのならば、時代的変化の詳細を曖昧にする名称化と言わざるおえない。むしろ26代大統領のルーズベルト・コロラリーがモンロー・ドクトリンを受け継いだものと解釈され、その相違が吟味されていないことこそが、アメリカ外交の特質なのである。

まだ東中部領域だった時代のモンロー宣言の場合は、先手必勝のヨーロッパ植民地支配にたいして不干渉主義を示した形であった。しかし西部を含めた大国となったセオドア・ルーズベルトの場合、自らが先手必勝によって国際的立場 (リーダーシップ) を自作自演する姿勢を示し始めているのである。

まさにルーズベルト・コロラリー (モンローからの帰結) と解釈されることによって、その相違が隠され、脈々と継承されているアメリカ外交精神としてのみ解釈されたのだ。つまりヨーロッパ植民地政策へ示したモンロー宣言の【先手必勝干渉の抑制化】の特質から離反している面については隠し、ただ一方の他国同盟に左右されない【リーダーシップの孤立主義】という継承された面だけを強調しているのである。

そのため他国からなされる孤立主義という非難は、奇妙に思われるかも知れないが、アメリカの孤立主義に有利に働くようになったのだ。と言うのは、孤立主義という他国からの非難によってモンロー宣言の継承、あるいは独立戦争以来からのアメリカ精神として認められた形となり、結果的にアメリカ自身に歴史的後ろ盾を与えている恰好なのである。

このようにモンロー主義とルーズベルト・コロラリーの同一視は、独立戦争の肯定的評価へ新たな先手必勝のグローバル・スタンダードを結びつけ、かつ他国からの独善性批判を交わす効果を持つため、他国はアメリカの外交意識の歴史的変化を吟味し、そしてモンロー主義とルーズベルト・コロラリーの相違を明らかにする必要がある。

つまりモンロー主義の名称によってアメリカ全般のの孤立主義を解説するのではなく、セオドア主義 (T.ルーズベルト) から始まる【大国先導性の孤立主義】と理解し、以前の【反植民地主義としての孤立主義】のモンロー宣言と区別しながら、現在までのアメリカ外交とその世界的影響を歴史的に考察する必要があるのだ。

今日のTPPとは、まさにルーズベルトからの【大国先導性】による小国従属化なのだ。もしモンロー主義であるならば、むしろ為替レートの介入不均衡について先頭に立って国際的に問題提議するのが筋なのである。

なるほど、ルーズベルトの場合は顔を見せていたリーダーシップであったが、しかしTPPの場合はもはや顔を見せない覗き見となってしまったのだ。つまり大衆的無知に 「グローバル化」 や 「自由化」 を匿名で投げかけて覗いているのである。

繰り返して言おう。モンロー主義は伝統的支配についての問題提議を投げかけてくれた孤立主義だったが、セオドア主義は大国支配のために先手必勝のルール提議を投げかける孤立主義である。それはナポレオン的な進出であり、世界各国の側からすれば、伝統多様性を確認し合うウィーン会議を要する。

さもなくば、アメリカは 「グローバル化」 や 「自由化」 で誤魔化すのではなく、正々堂々と【TPPで得する産業の独立】をモンロー宣言に重ねながら表明するべきであろう。



穏やかな国際ルール提示の裏に、アメリカ国益という棍棒。

TPPって、まさか棍棒外交?



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
スポンサーサイト
  1. 2011/11/07(月) 18:45:19|
  2. 世界史
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://gold1513.blog48.fc2.com/tb.php/370-28d5201b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。