思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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島田紳助の引退による波及性

昨日の島田紳助の引退会見は、あまりにも突然で驚きであった。噂によれば十数億の違約金と言われる事態であることからして、島田氏と吉本側の双方の会談を勘ぐりたくなる。もう少し引退時期を計画的に遅らせれば、どのくらいの額になるのか素人の私には見当もつかないのだが、確実に違約金を減らせたであろうからである。吉本側の要求に最後くらい小細工なき引退を決めたい島田氏の美学が働いたのか、今後の何か明るみになる問題を危惧した双方の会談結果なのか、さっばり見当がつかない状況である。全く島田紳助の引退という現実はかなり不透明で、私が見る限りでも、相当に人それぞれその現実解釈について多様化されているようだ。

しかしその島田紳助引退という不透明な現実にたいして、【人それぞれが異なった角度から解釈している】という社会的現実に注意する必要がある。たとえばNHKがフジテレビ抗議デモについては報道せず、島田紳助引退についてはトップで報道したということ自体に、一つの現在の日本における社会構造が現れていると言っておきたい。そしてそのようなNHKの報道形態が大衆的にノー監視状態であることを、無意識にも人々がそれぞれに確認している状態にあり、今後の各人が行う言論表明へ利用されていく運命を含んだ現在を意味しているのである。



思い起こせば、島田紳助にはビートたけしと等しく、反体制としての窓際族の一理性が主張されていた。タモリや明石家さんまには反体制理念の主張はなく、ただ体制かわしの大衆利用に偏っているのだ。確かにたけしや紳助も体制かわしの大衆利用を特質としてきた訳だが、二人には伝統的体制の常識を利用した囲い込み君臨にたいする反骨精神があったのであり、そのため常識にたいする反転思考が働いていたのだ。

島田紳助は話術の天才ではない。彼は、常識と常識反転の双方の社会的効果から発想を得た、若干言い訳上手があったとは言え、ちょっと説明責任の領域を広げた天才だったのである。

ツッパリとは、体制常識にたいする窓際族からの主張である。ツッパリ漫才から司会業への変移は、常識と常識反転の綱渡りだったのだろう。常識反転を広げるには体制常識が認める地位が必要だったのである。おバカブームも、ある意味で伝統的常識が認めない窓際族たちを擁護する面があったであろう。

ただ島田氏は【自己人脈形成の才能】に目標を集中させすぎ、彼に限ったことではないが【社会的多様状況についての配慮意識】の主張が足りなかった。そのため 「紳助さんがいなければ今の自分はいない」 と言うだけの弟子を育ててしまったのだ。もちろんそういう感謝の念は大事だが、全体的社会状況を疎かにした身内の労い表明のみが目立ってしまうのである。ただ橋下徹の知名度を上げるのに貢献した点で島田紳助は大きな仕事をしたと言ってよい。



いやはや、個人的にはあまり好きではない島田紳助であったが、80年代以降の日本における意識変化の歴史を認識する点で、善きにせよ悪しきにせよ、外すことができない一人であったのは確かだ。



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  1. 2011/08/24(水) 21:14:09|
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