思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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NHKに見える日本のとぼけ顔

どうやら21日に行われたフジテレビ抗議デモを報道しなかったらしい日本のテレビ局だ。YouTubeの投稿をみた感じ、ほどほどのデモ規模だったようだし、韓国テレビ局MBCの報道もYouTube投稿されていたから、ほんに裏の事情が大切にされている間抜けな日本のテレビ局である。いつまで経っても報道しない自由の連携だけは一人前の、そんなテレビ局員たちに拍手だ。パチ・パチ。

全く陰の力に怯えながら、情報操作をせざるおえない身分となったからには、もはやヴァンス・パッカード的マキャベリズムの隠し持ち社会学によって、人々の階層化を眺めているのがお似合いだ。そんな訳でフジテレビも 、「流行遅れにさせろ!」 と 「混乱を作り出せ!」 を先頭に立って信じている。今宵は何やら、フジテレビ 対 抗議デモ の対立より、人々の監視が届かぬオタモリさん的な独占視線が熱い。

一時は深水黎一郎の 「NO MORE 韓流」 ではなく、フジテレビの偏向放映に焦点を絞る提言が的を突いていたが、この際、間抜けな日本のテレビ局状況からして、話題が大きくなるまでは抗議デモ側も 「NO MORE 韓流」 ととぼけてみるのも一つの手だ。とぼけた賛否両論を狙いすます、そんな過激発言が新規参入を可能とする必須条件であり、タモリやたけしたちのようなナンチャッテ君臨を真似てみるのが丁度よい日本なんだろう。真面目に訴えるならば、ただ時代的にスルーとお茶かしにコツを得た、そんなナンチャッテ的な解説者の仕事市場を拡張させてやることに貢献するに留まるだけだろう。

全く民放テレビ局は大目に見るとして、NHKが報道しなかったことは、裏方連中のちっぼけな【囲い込み統治自尊心】と【自画自賛の社会貢献による報酬獲得意識】の結果と言えそうだね、今さら始まったことではないが。昨年は坂本龍馬を持ち上げながら、自身は龍馬の邪魔をする勢力に味方するようなことしか出来ない方々であり、真珠湾攻撃から敗戦へのマスコミ報道の問題を扱いながら、たいして変わらぬ同じことをしているNHKだから笑える。実際に自らに注目が向けられ困る状態にならないうちは、裏事情を知らない奴らが好き勝手に騒いでいるだけだと、自らに言い聞かせながら頑張ってください。



まあ~、世の中、そんなもんなんだろうね?万が一、日韓の対立状況に発展しても、フジテレビ抗議デモ勢力の責任じゃないよ。それを報道しなかったテレビ局の責任の方が大きいんだよね。へ・へ・へ、きっとテレビ局側は責任論をどこへ持って行くかという問題自体が、報道の自由による腕の見せどころと思っている方々だから、これからの動きが注目だね。

今回のフジテレビ抗議デモの日の丸掲揚に、ちょっと気持ち悪さを感じる人々がいるかも知れないけど、おいらは賛成だな。まずは議論の場を作ることさえ出来ない日本メディア界だから、それまでは右翼強調でもオイラは賛成するよ。ただ話題が大きくなった際に、深水氏のような議論へ動けるような連携体制を用意しておくのがよいだろう。ただ日韓対立を強調する右翼勢力が、風潮に乗り込み調子にのる危険性については、充分に気を使う必要はある。



今回のフジテレビ抗議デモの韓国テレビ局の報道見出しを、YouTube投稿を参考にして直訳すれば、次のとおり。

「日本、フジテレビTV前で、また、韓流 反対 示威」 YTN

「東京では 反韓流 示威」 MBC

「示威」 という用語の使用に日韓の温度差を考えておくことは、今後のために何かしら役に立つことになろう。日本の抗議デモ勢力とは、自身に 「示威」 をさほど感じていないのだ。むしろフジテレビの 「ごり押し」 に 「示威」 、つまり 「威厳の指し示し計画」 を見て抗議しているのである。しかし韓国のテレビ局は、抗議デモに示威を見て、フジテレビの示威について知らない。日本では【示威にたいする抗議】であり、一人の言論の自由による抗議に限界を感じて、新たな【責任説明を求める抗議デモ】になったのである。つまりフジテレビの【示威計画】と【説明責任の欠如】にたいする【抗議】であって、【日本主義】を守るための【韓流排斥】ではない。

もし高岡氏のツイッターが話題にならず、フジテレビ抗議デモがなかったら、今頃はどんな放映へと進化を進めたフジテレビだったかを考えてみればよい。その監視が働かない状態のまま、【テレビ局の自由による示威放映】の社会的影響を危惧した国内問題なのだ。

日本の抗議デモ側には示威はない。あるのはフジテレビなどのテレビ局の側の方であって、抗議デモを報道しないこと自体に、日本のテレビ局に広がる隠れた示威がある状態なのである。

いずれにせよ、フジテレビ抗議デモに参加した人々の、名も知らぬ者同士の連携行動には勇気をもらった。それは正しいことをしたからではない。隣の名も知らない人々が生きていることを信じ始めたからである。だから日本テレビは、自身の人脈にプラスとなる 「+1」 だけを示威するばかりではなく、名もない 「+1」 の人々がいることを示威することも始める必要がある。



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