思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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スミス主義だった日本の立身出世観

フジテレビ抗議勢力の発生とは、スミス主義だった日本の立身出世の行き詰まりである。 「嫌なら見るな」 とは、その保守化した日本テレビタレントに蔓延したスミス主義的立身出世観によるゴリ押し発言であったと、まだまだ時間がかかるのだろうが、やがては広く理解されるようになるだろう。

スミス主義とは、経済学でいうアダム・スミスの 「見えざる手」 による社会調和のイメージを広く社会活動に適応させた自由主義的な考え方をする人々のことで、【各個々の部署からの自由創作の競争】に社会を見る人たちである。彼らはフジテレビに文句を言うならば、それに負けないものを作れと、匿名大衆の選択に委ねようとする。まさにスミス主義は大衆的無知を操作利用することで競争するのを、普遍的なルールとしておきたいのである。

しかも彼らが宣伝する自由競争の領域とは、あらかじめ自らの独占的領域を省いた限定されたものであるから、全く自由競争を限定させて宣伝すること自体が、彼らにとっての自由競争の一環となっているのであろう。すれば一方のフジテレビ抗議勢力とは、自由放任のスミス主義に抗議するケインズ主義であり、あるいは特権を隠して都合よく限定した領域で自らの自由だけ主張するスミス主義にたいする、公共性あるフェアなスミス主義と言ってよい。

そもそもスミス主義とは、伝統的規制が強固であった状況にたいして、その撤廃に自由を見ていたのだが、時が経つとその自由化という改革が保守化してゆき、自由を実体化して解釈するようになったのである。現在のフジテレビ問題とは、まさにそんな自らが積極的に自由を実体化させながら、まるで大衆的な無知を利用することに競争原理を見るようになった保守的スミス主義の末期的結果なのであり、自らの独占領域を語らないまま都合よく自由を主張することによって、大衆的無知を利用しながら自由競争に勝とうとしているのである。



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  1. 2011/08/17(水) 20:58:42|
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