思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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しない善より、する偽善?

昔日本に一人の女がいたと言う。まだ 「しない善より、する偽善」 という合い言葉がなかった時代、彼女は一人、貧困地区へ向かったと言う。

彼女は貧困街の人々から白い目で見られたと言う。全く育ちのよいお嬢様が、善の押し売りのごとくこの街へ乗り込んできたと貧困街の間では専らの噂だったと言う。

貧困地区の人々は周辺の地域からは一種の嫌われ者であったと言う。そのため嫌われ者は嫌われ者同士で協力するのが一つのルールで、つまり貧困街の人々からすれば彼女の存在は目障りな邪魔者であったと言う。はたまた貧困街で嫌われ者となった彼女は、嫌われ者となったという理由からであったのか、嫌われ者の寄り集まりであった貧困街の人々に受け入れられていったと言う。

彼女は29歳で、この世を去ったと言う。彼女はすでに有名であったと言うが、有名になるためには嫌われ者になる必要あったのか、嫌われ者を克服したから有名になったのかは、未だに定かではないと言う。そして彼女の父は娘のことをたずねられて 「貧困街の人たちに聞いてください」 と答えたと言われている。

昔日本に一人の女がいたと言う。まだ 「しない善より、する偽善」 という合い言葉がなかった時代、彼女は一人、貧困街へと向かったと言う。時に有名を嫌いながらも有名にならなければならないことがあり、感謝を嫌いながらも感謝されるために向かわなくてはならないことがあると言う。そして未だに彼女が貧困街へと向かった理由は明らかではないと言われている。

しかし今日は、誰かが 「しない善より、する偽善」 と言っているが、きっと時代的大衆的勇気というものやら連帯というものがあるのだろう。「偽善」 と叩いてきた人々の子孫たちは、「しない善」 と勝手に名付けて新しい叩き方を学ぶものだ。しない者を叩きながら、している自分を主張するのが昔ながらに上手な民族であって、見えていない人々や民族のことにはまだまだ気付かないばかりか、隠し持ち進出の達人たちに操られる大きなちびっ子隊であろう。小さきちびっ子隊を指導するための標語ならばともかく、大きなちびっ子隊が自身の活動のみについて主張しているからやらしい。

全く言葉とは難しいものだ。大多数に難解な領域にふれる時、阿保たちが巧みに自らの覗き見利権を守ろうと、あらかじめバトル化をさせるために準備しておいた議論の対立軸を設定しにやってくる。(大きなちびっ子隊とは、自分が聞きたくないことを耳にすると、すぐに人を否定した思い込むため、彼らからすれば煽動しやすい。) ここは監視能力なき大きなちびっ子隊たちには到底わからない光景であるため、難しいことは言わない方がよい。そんな訳で、わずかに BOB DYLAN の MOST LIKELY YOU GO YOUR WAY AND I'LL GO MINE を伝えるまでが私の限界だ。



Sooner or later,one of us that I really did try to ……



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  1. 2011/07/19(火) 19:35:01|
  2. 現代思想
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