思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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顧客の消費意識とマネージメント ~80年代からの日本~

フランス構造主義とマネージメント論

詳細はよくわからないが、ドラッカーのマネージメント論とは、おおよそ身内で工夫される技術的向上に留まらず、部外者である顧客を考えるように奨めているもの(?)らしい。

さてドラッカーにたいしてフランス構造主義では、ヴェブレンの誇示的消費にヒントを得て、ロラン・バルトの神話作用やボードリヤールの記号の消費と、1970年頃までの社会的手段として使用するための記号ではなく、むしろ人々が記号を使用している社会的結果として考察し始めていた。

なるほど、こうして見ればドラッカーのマネージメント論は【組織的生産側】、フランス構造主義は【大衆的消費側】と、それぞれ偏った見方をしていた感じであるが、それも匿名なる大衆的消費側の新たな商品選択が優位に働き始めた時代的雰囲気の結果であろう。フランス構造主義は誇示的欲求により様々な記号が品定めされ購入されていく消費状況が示唆され、ドラッカーのマネージメント論では、その消費顧客の継続的な意識変化に対応できる、従来の伝統的な自己努力ではない新たな顧客の現実を見るイノベーション的経営の組織連携が推奨されていった訳である。

さらに大衆の各個人が目指す個性化志向が進むと、生産商品の多品目化がマネージメントされ、その多品目化が進むと話題の豊富性が一つの社会的ステータスにもなって行き、結局は会話による社会的な地位を獲得するための消費傾向が推進されるようになっていったのである。つまり、刻々と変化していく消費者意識についての先行調査と、その調査結果を組織内で有効に働かす新たな生産計画体制への移行といった連携マネージメントが、企業経営に必要だったと言えるのである。

さらにフランス構造主義とドラッカーのマネージメント論の関係について言えば、市場調査の解釈方法を提供したフランス構造主義であったのにたいして、ドラッカーのマネージメント論とは、その時代的変化を先行して調査する人々を一つの部署に含めながら、企業内の社会的認識を連携させていくことにあったのだ。単に個人的自己工夫に固執した反対意見を減らすためにも、そのフランス構造主義的な時代的な知識改革の部署を企業組織の全体に認識させ、同じ時代変化に適するか適しないかの議論で連携させることが、言わば一つのマネージメントとなる形である。



セルフ・マネージメント的な日本

一般的に言ってマネージメント論とは、社長など組織の頭を務める人々を主対象とした、様々な人々や様々な部署をうまく連携させる方法論であった。現在ではドラッカーのマネージメント論も一般大衆の間で知名度を上げつつあるが、80年代の日本では、むしろフランス構造主義に影響を受けたニューアカデミズムとしての [スキゾ・パラノ]84 が流行語となっていた時代であった。スキゾとパラノの流行語とは、もともとフランス構造主義のドゥルースとガタリの用語を受けたとは言え、実に日本的に応用されたものであったと思う。

おおよその内容は述べておくならば、スキゾとは分裂病、パラノとは偏執病であり、日本のニューアカの場合は個人的な精神の病を一般的な人々の傾向へ当てはめた形であった。偏執性パラノとは、たとえば伝統的職人気質のようなものであるが、しかしそれは職業的にも時代風潮にも直接結びつかない趣味への没頭である 「オタク」89 とつながる精神的傾向のことであった。「オタク」 の語源自体、自分に特有の趣味があるように、初対面の方にも特有の趣味があることに気を使った 「お宅は?」 という質問の仕方に由来している。彼らは互いに偏執性もしくは専門性を認め合った寄り合いであった訳だ。一方、分裂病スキゾとは、価値多様化した新しい時代における様々な人々との関わりを意味をしていた。一カ所の専門部署に留まることの偏執性(定住性)にたいして、あちらこちらに移動する分裂性(遊牧性)を意味していた。

その分類はお笑いの芸能界にも若干形を変えながらも応用され、たとえば欽ちゃんやドリフターズの時代から、ひょうきん族や笑っていいともへの時代変化に適用できた。様々な歌手などの他分野の人々と関係を保つことが遊牧性ではなく、自分のマルチタレント性を自ら進んで示すことが遊牧性だったのである。ビートたけしやタモリがその代表者で、彼らは 「専門バカ」 である伝統的偏執性の箔付けを茶化しながら、自身のマルチタレント性の側に箔を付け始めたのであった。

またある意味で二人はドラッカー的マネージメント論を実践し始めていたと言ってよい。伝統的専門バカに不満を持ちながら、それを言えなかった人々、つまり新たなそうした不満を持つ顧客の支持を得て台頭したのである。伝統的専門バカとは、取り巻きのお呼ばれにたいして対応していれば仕事になっていたのであり、まさに顧客の意識変化を考えない自己工夫に徹していた人々だった訳である。

ただし80年代のマルチタレント性とは、様々な人々と意図的に連携を組むマネージメントと言うよりは、自身のマルチタレントを自己マネージメントしながら新たな取り巻きと限定的顧客による自己進出に漕ぎ着けた感じに留まっていた。

やはり日本の80年代は、[○金・○ビ]84 の金持ちと貧乏の個人主義的な自己工夫の行動分類が主要関心事であったため、ドラッカーのような組織連携のための知識共有化のマネージメント論ではなく、組織内君臨のための自己工夫が主要関心事だったと言える。また [スキゾ・パラノ] や血液型性格判断を含めて、様々な人々の集まりとして組織や社会の現状を解釈しようとする日本的特質が現れた結果であろう。フランスにおける構造主義が記号の生産と記号の消費という流れに社会を見ていたのに比べて、日本はパラノ的な専門希少性の人々とスキゾ的な汎用マルチ性の人々が集まっている中での、それぞれの活躍度の社会的結果に関心を向けていたのである。またそれぞれの自分の血液型の性格解釈によって現状の自分に納得したり、自ら限定した特性のための自分磨きに向かうのである。(実際、90年代以降の自己啓発や前向きへ向かった) つまり記号の生産と消費に関わる新たな市場調査を行う連携集団とは、極少数に限られた専門部隊に囲い込まれていたので、必然的にタコツボ的組織となりやすい日本文化だったのである。



「もしドラ」 時代と80年代

今日の 「もしドラ」 に見られるマネージメント論も、80年代の日本では大衆的普及までにはいたらなかった。マネージメント論の知識とは、大物芸能人や専門職の経営者たちに必要で役立つ個人的な知識であって、大衆的一般人には無用で不必要であったのだ。人のために行う事柄は慣習化されていたし、あるいは 「大きなお世話」 と感じながらも受け入れたものであった。

「小さな親切、大きなお世話」78 や 「同情するなら金をくれ」94 、あるいは政治家や官僚の国民意識から離れた貢献説明などへの批判を経て、実際の顧客ニーズ確認の必要性が自覚されて行った結果が、現在の顧客考慮のマネージメント論へとつながったのかも知れない。

しかし問題は、次々と新たに現れる世代の意識変化である。80年代の若者はマネージメント論を知らないフランス構造主義であったが、現在の若者はフランス構造主義を知らないマネージメント論なのだ。好景気を知らない就職難の時代のため、誇示的消費よりも生産に役立つマネージメント論に関心があるのかも知れない。

そうした事情を考えるとき、そのドラッカーの流行とは、夢を持たせながら隠れた競争化を煽っているに過ぎない。顧客を考えるマネージメントと言っても、その顧客についての解釈分析の元となる経験を積んだ人間観や社会観などが勝負所なのだ。あまりにも計算ずくめの顧客ニーズ考慮は、逆に言えば自己計算の主張が見えてしまって白けてしまうし、いくらかの顧客の支持を得ても、部外者からは内輪受けにしか見えなくなるのである。それはドラッカーの言う社会的貢献からは大きく離れて、もはや自身の社会的貢献の主張や顧客の喜びを演出することにマネージメントを働かせることになろう。



「イノベーション」 批判

フランス構造主義が問題とした大衆の消費意識に作る社会構造にたいして、ドラッカーの 「断絶の時代」69 からマネージメント論を位置づけたらどうなるか?明らかにフランス構造主義が誇示的消費に見られる【需要意識の社会学】を目指したのにたいして、ドラッカーは収入を確保する【供給生産側の組織の方法論】であった。価値多様化もしくは世代間の断絶が顕著となった時代風潮にたいして、構造主義は各個人がそれぞれ所属表明のための記号消費をしている社会学をあらわし、マネージメント論は新たな供給組織体制を構築するための啓蒙主義であった。

要するにドラッカーは社会学を推進しようと試みた訳ではなかった。彼は新たなマネージメントを啓蒙しようとする専門相談役であって、決してそれぞれが新たなマネージメントで競争している社会的結果を追究したのではなく、それぞれが競争している中でそれぞれ個別にマネージメント論を勧めることに力点を置いていたのだ。

まさに新たなマネージメント論を欲している限定された顧客の需要意識に応えようとしたドラッカーであり、それぞれの組織が社会参加していることの【マネージメント競争の結果と持続状況】には触れず、それぞれの組織(生徒)のマネージメントを評論する品定め人(教師)だったのである。ドラッカーは新旧のマネージメント競争の状況を見ながら、その内実のちがいとその社会的結果を考察しようとするのではなく、旧マネージメントの閉塞性を指摘しながら、新たな現行マネージメントを賛美し、「イノベーション」 を一つの宣伝文句に採用したに過ぎない。

実際、様々なイノベーションがなされている中、成功したイノベーションだけを強調し、失敗したイノベーションについては従来の偏狭性に留まっていたと説明すればよく、現在実行しようとするイノベーションが成功か失敗かの判定基準には触れないようにしているのだ。結局肝心なのは、リーダーの決断力と以後の対応であって、その対応に関わる全般的な総合的知識の蓄積に限るのである。

ちまたのドラッカー引用とは、新しく台頭するものには必然的に何らかの変革が加えられていることを知りながら、台頭したものの要因について 「イノベーション」 を挙げ、立ち遅れ成果が出ていないイノベーションにたいしては、昔ながらの方法に留まっているものと扱いながら 「イノベーションが足りない」 と説けば足りるから手際がよい。あるいはイノベーションの成果と誉めておいた後に生じた失敗の際には、たとえば公害発生や原爆事故のように、「顧客配慮が欠けていた」 と言えばよいのである。つまり、マネージメント論を説明したいのか、それともマネージメントを品定めしたいのかよくわからない方々に、優先的に出番を与えるのに貢献したドラッカーなのである。

地動説が認められたのは、伝統的天動説を変えたからではない。様々な知識を寄り合わせ考えていたら、突然新たにひらめいたのである。とぼけたドラッカー推進派とは、認められたものを例にあげながら 「イノベーション」 を連呼し、著名なるドラッカーの名を借りながら、手際よく品定め解説者の地位に割り込んだに過ぎない。全く出来ることならば、イノベーションの説明にも、もう少しは斬新なイノベーションでもって行って欲しいものだ。



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  1. 2011/06/10(金) 22:41:42|
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