思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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勤評闘争と社会学 ~「過保護」 が作った現代日本~

1950年代の日本では、「勤評闘争」57 という言葉が流行ったらしい。それは簡単に言ってしまえば、校長が教職員の勤務を評定し、教育委員会へ提出することにたいする闘争であった訳だが、そもそも 「勤評闘争」 が全国化したのは、前年11月の愛媛県において、教員の昇給昇格を勤務評定により実施すると決定したことから派生した出来事だったのである。

当時全国的に各都道府県の赤字財政が予算不足に悩まされていた状況にあった中、愛媛県の教育委員会によって校長による教職員の勤務評定が義務づけ始められた形であった。その勤務評定の提出先である教育委員会(市町村を経て県へつながる)とは、従来まで公選制であったものが、56年4月の衆議院可決と6月の参議院可決から10月より任命制へと移行していた時期でもあり、間もない11月の勤評実施の決定には何か上層保守勢力の権威増大化が感じられていた訳である。

実際、それは右派の自民党政権に有利な勤務評定にたいして左派の日教組が闘争に挑んだという構図と、おおよそ単純化した感はするが理解してよい愛媛県の勤評闘争であって、翌57年、それを文部省が参照した形で全国化へ向かったものと言える。

もともと愛媛県の勤評発足の場合は、財政支出削減のための昇給人員数の低減にあったとされる。しかも教職員から生じる反発にたいしては、勤務評定を実施することによって校長と教員との内部分裂が引き起こされるため、県政側へ向けられる反発も自然と軽減できる仕組みだったのである。そして、その愛媛県の状況を見た現政権にあった右派的な自民党が、左派的な日教組勢力を弱めるために勤務評定の全国化を図ったのである。



そうした愛媛県からの勤務評定の発生については、何か夏目漱石の 「坊ちゃん」 との類似が感じられるようにも思われるのだが、それは全くの気のせいだろうか?まるで勤務評定の発案にいたった動機には、ぼんやりと教頭の赤シャツの手際よさが重なって見えるのである。つまり、漱石が 「坊ちゃん」 を執筆するにいたったのは、もともとの漱石の資質がたまたま愛媛県という舞台を取り上げたからではなくして、愛媛県の特質に触れたからこそ、やがて執筆の方向へと導かれる運命に向かったように思えてくるのである。まさに赤シャツを取り巻く社会的環境とは、愛媛県に特有なものであったがゆえに、愛媛県が 「勤評闘争」 の発祥地となったものと想定しうる訳である。

たとえば 「坊ちゃん」 の八節、うらなりこと古賀君の転任についての赤シャツの策略に、特に勤務評定との類似性が認められるのだ。転任を望まない古賀君を転任させながら、坊ちゃんの給与を上げ、そして新任者の給与削減ときた。全く赤シャツに金銭的利得が絡んでいない点で、彼の独特な世の中の覗き見がクローズアップされている 「坊ちゃん」 なのだ。

要するに、赤シャツは差別階級化を作ることによって、その配置力が自分にあることを示唆する喜びを感じる訳であり、勤務評定の実施によって生じた校長と教員との分裂についても、似たような覗き見の喜びが見え隠れするのだ。それは日本に独特である人事異動についての人々の噂好きと関係するもので、その噂好きの状況を覗き見しながら人々を争わせるよう、策略を組む特殊階級が恒常的に横たわっているのだ。



最近で言えば、原発コマーシャルの著名人採用を計画した人々が赤シャツ党である。別に視聴者に原発安全のイメージを植え付けるのに適した著名人を選ぶ訳ではない。色々詮索しないで自己保身に徹してくれる吉川君(野だいこ)みたいな方々を選んで、推進派と阻止派の争いを覗き見するのである。赤シャツが坊ちゃんに増給策を惜しまなかったように、吉川君へのコマーシャル出演料も惜しまないのであった。

きっと今頃は、安全対策に金をかけるよりはコマーシャル出演料の方に金をかけてきたことの効果として、コマーシャル出演の方々が災害後も無事仕事を続けている状況を確認しながら喜んでいる赤シャツ党であろう。と言うのも、コマーシャル出演した人々が周囲の冷ややかな視線を感じながらも、とぼけて仕事を続けていられることに仲間意識を感じられるし、それを支えている陰の人脈の広さや、それを柵のため責められないでいる人々を見ていると、奇妙な形で勇気をもらえるのである。少しでも推進派へ苦情を言う坊ちゃんや山嵐たちを排除するような人事採用を進めてくれるだろう御仲間たちがいることを想像しながら、今は出来るだけ言葉少なく時が過ぎるのを待っているのである。

全く推進派もそんなところに頭を使っていないで、もっと危険性シミュレーション議論の方に頭を使ってもらいたかったのだが、まあ、そんな危険性シミュレーションが出来る人物は、結局は周囲から 「坊ちゃん」 と小馬鹿にされ笑われていたことでありましょう。赤シャツ自身は無事退職逃げ切りに成功し、吉川君は坊ちゃんを笑い物にして昇進しましたが、運わるく大震災の時期に重なってしまったようなものです。そして振り込め詐欺とは、ある意味、危険性シミュレーション提案に味方をして貰えなかった坊ちゃん党が、赤シャツ党にへつらったまま暢気に暮らしていた人々へ復讐を試みているようなものかも知れません。そんな訳で、原発コマーシャルで出演料をいただいた方々にとっては、被災地の心配はどうでもよく、むしろお友達にあたる東電の役員報酬削減分の穴埋めの方に寄付する義理が残されているのであります。



話が若干それてしまったが、要するに勤評闘争の時代は【評価発信元についての監視意識】が働き、その【評価発信の社会的影響を見る勢力】があったのである。

しかし早くも1960年の安保闘争によって、国内全体の評価発信元の議論が薄れ、限られた人々による外交議論へと関心が移ってしまったのだ。つまり 「勝てば官軍」 の結果論の普及へ向かい、評価発信元への監視勢力が低下縮小し始めたのである。「団地族」58 や 「家つきカーつきババア抜き」60 や 「鍵っ子」63 や 「核家族」67 などの流行語からは、やがて祖母なき新しい世代内における育児問題へつながって行ったと予想される。中でも 「過保護」 という育児の仕方を評価する言葉の発生に、大きな時代変化の秘密が隠されているのである。

wiki によれば、「過保護」 の広まりは1970年前後と言うことらしいが、さかのぼることアメリカの心理学者サイモンズの overprotection (1939) に由来すると考えられるものだろう。そうした育児方法についての評価尺度の発生について、その発信元を監視する目立った勢力が現れなかった点が、まさに監視低下への時代変化を意味しているのであって、赤シャツ的心理学者のとぼけた地位が約束されてしまったのである。

心理学者は教育者にお呼ばれしては、母親たちを評価し始めたのだ。教育者と母親たちが顔馴染みの中、見慣れない心理学者に失礼がないように聞き始めたことに問題がある。心理学者は、「私評価する人、あなた評価される人」 気分で仕事になったのだ。そんな心理学者の覗き見が監視出来ないまま、母親たちは互いにが養育方法を評価し合って争っていたのを、私はリアルタイムで見てきた。実際、「過保護」 と 「放任」 の二つがあれば、簡単に人の世話を焼けるだけの話と、深刻そうに語るほどのものではないと首を傾げていたものであるし、母親たちも二つの用語で問題があると言われる家庭の育て方について、随時ところとごろの小集会となっては噂をし始めた。

赤シャツ的心理学者は人々の養育品定め闘争しているのを眺めながら自分の出番のことしか考えず、心理学者の言葉を愛する吉川君的おしゃべりオバサンと言えば、あれこれ人の養育方法の欠如を先頭に立って噂しながら近所の闘争を煽っているという、そんな社会的構図の出来上がりとなったのだ。

【評価発信元の社会的影響】について注意監視を向けていたのは、戦時中の特攻隊に見られた 「国のため」 評価の発信、修身科教育に見られた評価の発信などに危惧を抱いていた特に左派系の役割であった。また勤務評定の評価先も辿って行けば自民党政権に行くつくため、左派的な日教組が反対運動に力を注いでいた訳である。

しかしテレビ普及に従って大衆的に薄れていった国家的関心となったため、右派自民党の一党独走態勢化や左派の反対意見もセクト的に分裂多様化することとなった。要するにテレビ普及と左派的な社会意識の低下は同時進行であって、右派政権側は大衆的無関心を計算しながら、左派の受け流しに徹していればよかったのである。まさに 「坊ちゃん」 とは、大衆的無関心の中の右派赤シャツ党と左派坊ちゃん党の戦いだったのだ。

そして80年代となると 「ネクラ」83 という新たな評価が発信された。言い出しっぺのタ○リが赤シャツで、それを使い始めた人々が吉川君である。「ネクラ」 と呼ばれたのが転任させられた古賀君ならば、そのいじめ状況に止めに入ったのが坊ちゃんである。狸の校長先生は、言論の自由を訴えるフ○テ○ビであったと言える。

しかし忘れてはならないのは、新たな風潮に不快を感じながらも、自己保身を優先させて当たり障りなく無関心を装っていた大多数がいたことである。赤シャツの策略には、ちゃんと無関心の大多数の状況が計算に入っているのだ。坊ちゃんが無鉄砲に憤る中、赤シャツの無関心なる大多数を計算に入れている点について注意を施したのが、まさに山嵐だったのだ。



昔の赤シャツは種類が少なく、我々は数少ない赤シャツに注意して野だいここと吉川君になれるよう努力すればことが足りた。しかし80年代以降は、教育現場とテレビ文化の種類がかけ離れた赤シャツが点在するようになったのだ。新しい赤シャツとは、ラジオ深夜番組などによって作られた新しい吉川君たちの結束を利用し登場した。言わば、学校教師と生徒の関係を真似て、自ら新たな赤シャツとなりえたのである。赤シャツに喜ばれるためには、古賀君や坊ちゃんを軽蔑することが出世の近道と考えた吉川君たちなのである。

全く赤シャツに贔屓目してもらうために頑張る、そんな吉川君的人間たちの競争が日本文化の特質だ。赤シャツ心理学は養育方法の品定め役に割り込み、吉川君的母親はその用語を使っては問題家庭を責めたてるようになった。要するに【評価発信の社会的影響】をそっと計算して安楽椅子を獲得する赤シャツで、吉川君、古賀君、坊ちゃんなどなど、そのそれぞれの反応を覗き見しているのであるが、未だに【評価発信の社会的影響】の情報公開が進まない今日までの日本なのである。



結論。お馬鹿でとぼけた心理学者や社会学者が赤シャツ気分で僕らの反応を覗き見し、吉川君的人間が自分のステップアップのために古賀君と坊ちゃんを探している。それが現代日本文化なのである。最近で言えば、自らは吉川君の地位にあやかろうと坊ちゃんのことを 「KY」 と評価し始めていたが、一方、その吉川君と坊ちゃんの争いが生じていることが自らの安楽椅子に監視の目が届かない証拠となるため、赤シャツ気分が弾んでいるのであった。く・く・く、小市民的吉川君の群が我が国・日本を支えてくれている……



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  1. 2011/06/07(火) 19:44:07|
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