思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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日本人の人物評価力 ~三位一体おパカ~

今日の総理大臣は、結局のところ、全般的な日本人の人物評価力の結果である。小市民的な日常生活では、当たり障りのない協調性に各人ご苦労を重ね、その腹癒せのためか、ここかしこに散らばった各集会も誰かの噂話で花盛り。噂上手が腹癒せ集団の自己保身を利用しながら、各人は世界を眺めている。上に立つ者、そんな阿呆たちの支持を獲得するため選挙運動をせざるおえない。

一方、政治家を監視できる者は一般人も監視できる。しかしその監視能力は、著名なる活躍が噂になるまでは、一般人の間では粗末に扱われる。監視能力がある者は、一般社会では偉そうに見えるし調子がいい者と妬まれやすいのだ。そこを運命も重なり上手に潜り抜けた稀な存在が、橋下徹ということだ。

総理大臣の品定めしている阿呆たちの日常生活の噂話、つまり人々が下している人物評価を聞いていると、大して困っていない方々なんだと、今ではイラつくこともなくなり、ほのぼの感さえ感じられるようになってきた。三位一体おパカが日本の運命。政治家に訴えても、評論家に訴えても、はたまた一般人に訴えても、意味なし。ニュースキャスターの人事解説の張り切り具合に、日本人の小手先マニュアル・マネジメントの広がりが集約されているようで可笑しい。ちがいがわかる奴らは、鬱病にならないよう、近所の風景におさまるような愚痴なり御不満に仕上げた方がよい。

しかしテレビを見れば、不満状況から逃れられている自分の輝きを示そうと争っている。と言うより争わされているようなもので、○K○総選挙が象徴的代表作だ。全く社会的同意なく自分で立ち上げた選挙管理委員の覗き見が、三位一体おパカの旨味で笑っている。彼らは争わせておくためにナンバーワンの座を用意した。ジャンケン涙も、今となっては懐かしい。投票権の一人一票でない不条理も、人々の関心集約につながり御満悦。そんな彼らを監視できないから、政治評論家も監視できる訳もない。ただ小馬鹿にできる相手は、旬なワイドショーの作為的提供に風まかせ。お馬鹿が向ける御不満の矛先が笑える。自らを 「親心、子知らず」 の親心気分と思い込んでいるが、実際は親心を踏みにじる子心側の言論の自由。そしてあちらでは、「ずっと川の流れだけを見ていてね」 と、誰かが祈っている。

政治家ばかりに期待していても無駄だって気付かないんだね。と言うか、政治に関心が集中していることで喜んでいる集団があると言うこと。ちょっとテレビを見れば、わかりそうなんだけどな。まあ~、少なくとも近くにいる隣人の政治意識も政治家のやり方と同じ土俵で評価できないうちは、たいして変わらない。しかし近所について見ることは近所から嫌われる。嫌われるから政治家へ不満を向けるしかない。向けるしかないからタ○リが笑い、三○○之が笑い、ビ○トた○しも着ぐるみを調達する。



何だかんだと お説教じみたことを 申して参りましたが

そういう私も 日陰育ちのひねくれ者

お天道様に 背中を向けて歩く 馬鹿な人間で ございます



止めてくれるな おかっさん

背中の銀杏が 泣いている



何?人々の人物評価力を操るのが肝心だって?へ・へ・へ、それこそがあなたが下している人物評価力の限界で、三位一体おパカに貢献しているちゅ~の!



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  1. 2011/06/02(木) 17:39:00|
  2. 他人事天国
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