思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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SMAP論

まずSMAPの特質を語るについて、少々失礼になるかも知れないが、時代の特質を理解するにあたり「SMAP一家五兄弟」と喩えさせてもらいたい。立場は実年齢に沿って次のようになる。

長男:中居正広
次男:木村拓哉
三男:稲垣吾郎
四男:草なぎ剛
末子:香取慎吾

それぞれのプロフィールは、次男の拓哉は芸能界で働く超人気者。近所でもその活躍は小さい時から期待されていた。勿論、他の四人も芸能人拓哉の兄弟と知られて生活している。
長男の正広は何を売っているかわからないが、ともかく実家の商店を継いだ。週に一度は兄弟五人が実家に集まる。近所の色々な役を引き受けてしまうが、もともとそういうことは嫌いではない。拓哉の人気で商売に困窮する心配はないことも理由の一つだ。日頃の調子よさを戒めれるのは拓哉の視線だけ。それに薄々感じながら、長男の立場ということで半ば開き直っている。
三男の吾郎は雇われ美容師。兄の拓哉にはお抱えのベテラン美容師がついているので、兄の整髪にはノータッチ。自身の仕事上では、拓哉の兄弟という理由だけで来るお客もいて困る時もあるが、自身の腕で来店してくれるお客さんもいる。次男拓哉と四男剛のジーパン談議に挟まれ、そんな時はクールな相づちうつしかない。
四男の剛は極普通のサラリーマン。営業に駆けずり回り、最近は取引先の関係から韓国旅行にはまる。日頃のストレス解消は、やはりお酒。慎吾の相談役も兼ねている。
末子の慎吾は、まだ学生の身。長男と次男の二人に学費を出してもらっている。実家に五人集まった際には、対等に話せる相手がいないため、自分の出番は何かないかと探したり、今後の仕事選択の参考のためにと聞いている。

しかし木村拓哉の実際の芸能界における人気とは一体何であろう?90年代中頃からの人気以来ずっと、彼がSMAPの中で浮き上がったことは、未だかつて私は知らない。それは彼の態度資質に一因があろう。人気上がっても天狗にならず、しかも謙虚にならない。それは彼が景色を愛する人だからだと思える。景色と言っても、自分が映っている視聴者の見る景色ではない。人にはそれぞれ景色を見たいという願望があることを知っているのだ。特に若い女性が望む景色を知っているのだろう。彼は共演女優が望む景色を作るのだ。それは同時に視聴者に何かを訴えるのである。彼は視聴者に訴えるために演技をするのではなく、共演女優の望む景色へ向けて演技をするため、その結果、希有の格好よさになると思う。
特に制作発表などの際の、彼の言動には目を見張るものがある。ワイドショーの芸能レポーターのもてはやし的インタビューには不快の様子を時たま見せていた。それは他の共演者への配慮だけではなく、彼が望む景色、あるいは、視聴者達の望む景色に外れたインタビューだからである。もっと言えば、レポーターが望んでいる景色、つまり番組へ戻ってからの自らが活躍する報告場面など(細かく言えば、もっと嫌らしい様々の景色や場面を望んでインタビューを仕掛けている)、そういうレポーターが抱いている景色への願望に不愉快を感じるのだ。一般的には「期待される人間像」に合わせようとしたり「見せたい人間像」を計画するが、彼は徹底して相手の抱いている「期待している人間像」を見て探り、自らの抱く「期待する人間像」を戦わせるのだ。また彼は自らが抱く景色にヒエラルヒー構造はない。ただ目上の人が望む景色にヒエラルヒー構造が関わっている時には、それを考慮して振る舞うことはあるが、彼自身が抱く景色にあるとは思えない。彼は自分自身を含めて、景色を望む人々の集まりと社会を見ているようだ。
このように考えれば、彼のSMAP内における態度資質も理解できる気がする。恐らく彼は五人兄弟のような景色を望み、他の四人と共振していったと思える。

そこでSMAPと比べること、ドリフターズを持ち出して時代変化を考察してみたい。「8時だよ全員集合」の親子コントがよい例である。いかりや長介が伝統的立場の母親役、加藤茶と志村けんが保守性を改革するやんちゃ坊主で、仲本工事と高木ブーが普通の子である。80年代からは漫才ブームに象徴される、伝統茶化しの新規世代の進出が促進されたが、それはドリフターズの伝統と新規進出対立の理念的な図式による。ドリフは伝統を必要としたが、漫才ブームでは伝統を追いやり「8時だよ全員集合」は幕を閉じた。
そうした伝統を追いやった80年代以降の登場であるSMAPの場合は、どうだろう。中居正広と木村拓哉は新規進出の開拓者で、稲垣吾郎と草なぎ剛が普通の社会人である。そして取り残された香取慎吾が今後の不安定な将来に悩む青年である。特に一人の立場であったいかりや長介が伝統の立場として「8時だよ全員集合」の特質を象徴していたのならば、SMAPの特質は、一人の立場にある香取慎吾がキーパーソンになろう。彼はこのままの状況では自分自身の活躍の場が危ういと思ったのであろうか、子供たちを中心に向けて「慎吾ママのおはロック」00で呼びかけた。他の四人は芸能界においてそれなりの役割が与えられているが、末子の慎吾にはこれっと言ったものがない。仕方がないので一般社会と芸能界の架け渡しに賭けたのだろう。
なるほど、新規進出を図るには一般社会へのアプローチ状況を見せることが大切になったと言えるのだろう。同年、政界進出にあたって、マスメディアを利用し、一般社会を味方につけた田中康夫の長野県知事選が生じたのは偶然ではない気がする。
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  1. 2010/03/08(月) 21:00:34|
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