思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

原発推進派的な顧客配慮 ~ドラッカー理論に御用心~

さて古代のギリシャやローマの 「奴隷」 について考えれる時、あまり予備知識がない日本の状況からすれば、すごく軽蔑され虐げられているような印象を持つ。しかしイタリアのヴィーコ(1668-1744)を読む限り、それはかなり偏向した想像物にすぎない感じがする。

ヴィーコが言うのには、ラテン語(古代ローマに該当)の 「家族」 famiglia は、「奴隷」 famoli に由来すると想定している。つまり奴隷とは、家父長を頭とした家族の成員に含まれる存在に近かったと言えるのだ。紀元前五世紀の十二表法を調べてみても、家父は自分の子を監禁し鞭打ちに鉄鎖つきで働かせ、売ったり殺したりする権利さえあるとしていたから、奴隷卑下と言うよりは家父長の権限の囲い込み体制が強固だったと想像できるのである。

あるいは 「隷属民」 意味する clientes を調べてみても面白いだろう。現代英語の client とは、「弁護士や会計士などへ依頼する人」 を意味しているし、地元のイタリア語 cliente は「常連客」 や 「得意先」 を意味しているのだ。いやはや、ぬかりのないイタリア人のことだから、あからさまな表現はまずいと思い、実際の鞭を隠すため巧みに言い換えた表現なのかも知れない。しかし仮に嘘だとしても、保護者としての家父の意味合いを示している状況だけは確かである。ここは一つ、耳を貸す価値はあるのだ。

なるほど我々が麻薬密売者であるならば、常連客のことを我が手の内にある奴隷と思うのも納得できる。しかし一般のイタリア社会でも、そんな麻薬密売者みたいな 「しめしめ」 と心でつぶやきながら、常連客を眺めているのだろうか?もしそうであるならば、あからさまな cliente という表現をやめて、もっと言葉使いについても、自らの本心を隠す 「しめしめ」 と思える表現に変えた方がよいだろう。そんなことぐらいわからなければ立派なイタリア人とは言えないから、やっぱり古代ローマ人とは、ウェルギリウスの記した 「服従する者は大切に扱い、おごれる者は打ち倒す」 のように、家父長の保護者気分に満たされていた 「常連客」 cliente であると言える。



しかし困ったことには、日本は 「お客様は神様です」 と思い込もうとするお国柄であるから、古代ローマの気持ちまではわかりそうもない。また最近ではドラッカーのマネージメント論でお馴染み 「顧客」 が、そのまま [お客様=神様] 的考え方と合わさった響きで人気を呼んでいるから、未来へ向かって頑張り続ける日本だ。それに病院へ行けば 「~様」 と呼ぶところも登場しているらしいから、知らぬ間にお客様の神格化も絶大なる進出を果たしたもんだと目も点になる。全くこちらとしては頼りになるのが病院と崇めてきたのに、何だか病気なり怪我をしたことによって喜ばれているようで不思議な気分だ。まあ、色々と言いがかりをつけても仕方がないから、そこは病気や怪我をすると、こんな自分でも神様に昇格できる世の中になったと、前向きに考えるようには努力している。



比べることイタリア人が見る 「常連客」 とは、依頼をしてくる人々のことであった。すればこちら側は、頼られる保護者の役を背負っている訳である。日本のように顧客のちっぽけな自尊心なんかを 「神様」 とか言って持ち上げたりなんかはしない。つまりイタリア人の職業意識とは、みんなから頼りにされていると頑張る古来日本のお医者さんと等しく、古代ローマの家父長も奴隷を患者さんとして従えていた面があった訳である。

全くお客様を持ち上げておけば無難であろうと簡単に考えてしまうそんな日本であるから、開発する側も実際の顧客のニーズに無頓着でガラパゴス的方向にしか成長せず、政治批判をする際にもモンスター的なお客様がするような苦情表明になるのだ。

詳しいことはよう知らぬが、イタリア人が客として出向く際には、両親が子供のために必需品を用意してくれている病院や弁護士、それに一般的店側と思うのが基本だろうから、決して相手の仕事の素晴らしさを褒めてはいけない。きっとイタリアのお客さんたちは、待ちに待ったクリスマスプレゼントを獲得した子供のように、そっと両親に向かって見せるような笑顔を、形だけでも見せる義務があるのだろう。



話はもどるが、古代ローマも紀元前二世紀頃から奴隷の反乱が度々生じていたらしく、デァオドロスの 「歴史」 からしても、相当の冷酷な酷使がなされていた時期と思われる。すればピラミッド型な封建制度の中、少数の上層階級が多数の下層階級をあしらってきた古代で、次第に下層階級が自由を求め、改革を進めてきたのが世界史の傾向と思い見なされても仕方がないのである。

しかしヴィーコが 「家族」 famiglia の由来を 「奴隷」 famoli に想定したように、古代ローマに限って言えば、むしろ家族従える家父長同士の競争が社会を動かしていたと言った方がよいのだ。奴隷反乱の前段階にあたるラチンフンディウムの発達では、奴隷は兵役を免除され子孫を増加させたので、軍務に呼び出される奴隷所有者は大きな利益を得ることが出来たと言う。まあ、職業選択の自由がない終身雇用主と終身使用人に分かられた階級社会みたいである。教育制度が浸透していた時代ではなかったため、自由人の知識と奴隷の知識に大きな隔たりが、そのまま階級持続になったのである。

言ってみれば、奴隷制度とは古代における多様配属の強制的な分業体制だったのだ。個人もしくは小集団の自給自足体制では思わぬ外敵侵入の危険性に対処できないと思い、大きい分業体制を目指した勢力が、自らが保護者役である自衛武力の任務を引き受けるから、奴隷のみなさんは農業生産の増産に励んでくださいと、要求した訳である。しかし色々と不平不満があらゆる階級から生じて、反乱や制圧などの力の争いとなり、もともとの強制的な分業体制の計画だったことが忘れられ、奴隷酷使の人間個人に潜んでいる支配欲やら権力欲の現れだと考えられるようにもなったのだ。

まさにそれは、心理学的説明が歴史学的解釈や社会学的解釈を押しのけながら、人々の間抜けな頭に向けて広げた結果に過ぎない。たとえれば、水が 「空気には気体力があり、金属には個体力がある」 とつぶやいているようなものである。実際は奴隷酷使とは、酷使する側の次第に形成されてきた社会観や人間観の現れであり、弱肉強食の世界観にしても、実際は弱肉強食の世界観が幅を利かせている社会状況を眺めながらつぶやかれているのである。ライオンやヒョウなどは、わざわざ 「弱肉強食が世の常だぜ」 などと説明しながら、我々の反応を見たりはしない。

我々は現実について解釈し現実観(世界観)を抱く。しかし現実観を抱いた人々の活動を見ながら、自らの現実観を確かめているのである。世界史とは、新たな現実観が浸透することによって人々の生活様式が変わり、その新たな生活様式を見て、さらに新たな現実観が浸透していく歴史なのだ。今日も微弱ながら誰もが新たな世界観へ変わったために、明日の新たな生活様式を示し感じて、また新たな世界観へ変わっていることだろう。



つまり現在日本で変えようとしたり変わってゆく 「顧客」 というものの考え方であるが、その全般的な変化とは、実際は日本文化の連続した長き歴史変化の結果である。それにもかかわらず、自身の歴史変化過程を見ないまま進められる、啓蒙主義的な理論づけで説明されるマネジメント計画とは、まるで実際の様々な人々がいる利権追求に触れようとしないで、ただ原子力発電所の科学的説明のみを強調することと似ている。ただ前向きな人々が欲している新たな開拓目標へのみ投げ入れる、まさにそんな顧客の意識へ漬け込んだ華麗なる理論なのだ。

たとえば原発推進を進めたい方々の要望にのみ応えるために原発コマーシャルに参加された人々とは、まさに推進したい顧客のことをよく考えた人々ではあるが、しかしその危険性を示唆しようとした人々を押しのけることにも貢献していたのだ。要するに彼らは危険性に無頓着な人々のことを考える古代ローマの家父長的な保護意識からの 「顧客」 の配慮を行わないどころか、それを排除する形で自分たちの利権を上手に囲い込みながら維持獲得してきたのである。

おそらく 「顧客、顧客」 と流行りの経営戦略に励んでいらっしゃる方々もおられようが、危険性を知らない顧客にたいして、原発推進派のような顧客プラス思考に合わせながら顧客にも喜ばれ、速攻的で利益が上がる顧客配慮か、あるいはさほど顧客に関心を持っていただけない危険性を踏まえた保護者意識による顧客配慮なのか、様々な顧客配慮がある点に気付いて欲しいものだ。

まあ、日本の 「お客様は神様」 的な顧客配慮とは、結局のところ危険性配慮は人々の間では目立たないから、事情に詳しくない人々の話題となり喜ばれる集客性が上がる単純な原発推進派のような、そんな 「顧客」 理論になりやすい。ここは少しでもドラッカーファンのみなさんも含めて、古代ローマのような事情に詳しくない人々へ向けた保護者的な顧客配慮も忘れないでもらいたい。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
スポンサーサイト
  1. 2011/05/10(火) 22:58:06|
  2. 他人事天国
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<デロス同盟とヘラス連盟 ~ギリシャ思考形態~ | ホーム | 囲い込み階級とプレタリアート階級 ~社会観なき個人主義~>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gold1513.blog48.fc2.com/tb.php/278-afbdfc07
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。