思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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復古主義の考察

多様化が進み伝統理念が減退した80年代。その新規理念の風潮から復古的理念を発した一つが、谷村新司作詞の「サライ」92である。一体どこが復古的なのか?と、たずねられれば、私には音楽のことはよくわからないので、なつかしい雰囲気がするといった簡単な答えくらいしかできない。そんな訳で、ここはかなり独断と偏見で論が進められることに、まずはご了承を願いたい。

全体的な概要を示せば、「風」69の「ひとは誰もただひとり、旅に出て、ひとは誰もふるさとを振り返る」のような独りの旅立ちと故郷回帰のテーマと、同じく谷村氏作詞の山口百恵「いい日旅立ち」78が感じられる。ここから個別に列記すること、さらに私的感覚によって述べる。

「遠い夢捨てきれずに、故郷を捨てた」にちあきなおみの「喝采」72における三年前。
「穏やかな春の日差しが」に季節は違うが山口百恵の「秋桜」77、小春日和の穏やかな日。
「さびしさと背中合わせの、ひとりきりの旅」に「いい日旅立ち」78。
「ゆれる小さな駅」「動き始めた、汽車の窓辺に」にはイルカの「なごり雪」75だ。

70年代の雰囲気を感じてしまうのは私だけだろうか?谷村氏の「昴」80が、カラオケで自己陶酔の代表曲と見られ始めた時期はいつ頃だったのだろうか?「サライ」は、80年代に取り残された自己使命の「昴」が、その80年代の状況を密やかに見聞きした後、再度舞台に上がったものである。渡辺美里の「My Revolution」が、言わば「昴」には日常の街角や他者への伝えたい気持ちの自覚が足りないと訴えたようなもので、それに応えたのが「サライ」の「動き始めた朝の街角、人の群れに埋もれながら空を見上げた」であろう。80年代には設定されがちであったゲームや物語の場に限定した場とは異なる、もっと全般的な世界内の個々人を基本図式においたのが「サライ」である。要するに、谷村氏は「昴」から、80年代のおよそ十年間を挟んだ形で街角や人の群を視界に取り込み、同時に【走り】も取り込んでもいる。

86
「My Revolution」My Fears My Dreams 走り出せる
88
「Ruoner」走る走る俺たち
「TRAINTRAIN-」嫌らしさも汚らしさも、むきだしにして走ってゆく

80年代後半は時代潮流の中で悩み考え込んでも仕方がないといった意味合いの自己意識を働かせた指令的な「走る」であるが、「サライ」では人々の動き始めた現実を眺める、もしくは現実の目に入る人々の動き始めである。80年代のとぼけた社会心理学者ならば、その走りを見て「~シンドローム」「~症候群」と名付けて上手に売り出そうと狙いすます場面だが、「サライ」の見方からすれば、むしろリースマンの「孤独の群集」(邦訳55、64みすず書房)の方が比較的近い社会心理学的立場であろう。すれば、80年代の様々な個々人の指向が織りなした社会構造を、様々な会話発信効果とその人々の反応とを関連付けたいところだ。
さらに「サライ」に見られる「この街で夢追うなら、もう少し強くならなけりゃ、時の流れに、負けてしまいそうで」、そこでは【強さ】が取り入れられている。70年代には伊藤咲子の「木枯らしの二人」74、「もっと強く抱きしめてよ、奪われないように」という出だしの曲があったが、それは相手に求めている強さであり、自分自身の強さが歌謡界で求め始められたのは、恐らく80年代後半からのように思われる。

85
「ffフォルテシモ」愛をこめて、強く、強く
87
「リンダリンダ」決して負けない強い力を、僕は一つだけ待つ
「夢をあきらめないで」負けないように、悔やまぬように
91
「それが大事」負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと
「どんなときも」その人を守れる強さを、自分の力に変えて行けるように
「Piece Of My Wish」そんな強さ持ち続けたい
92
「君がいるだけで」たとえば君がいるだけで、心が強くなれること
「負けるなBaby」あきらめかけたら負けだよ
93
「負けないで」負けないでもう少し、最後まで走りぬけて
94
「悲しさとせつなさと力強さと」タイトル「力強さ」
「夏が来る」妥協しない、あせらない、淋しさに負けない
「ただ泣きたくなるの」ただ泣かないように、強くなる、強いから
95
「TOMORROW」涙の数だけ強くなれるよアスファルトに咲く花のように

まだまだ他にも沢山ありそうな【強さ】ではあるが、同時期には【強がり】(「90年代 等身大」を参照のこと)も現れていたような気がする。そんな状況を考えると、強がらず自然体でいることを強さとするのか、ただ自らの強さへの努力に専念するか、他者の強がりについての批判嘲笑を趣味とするのか、あるいは自らの強がりに自己嫌悪し思い悩むのか、相当に様々な立場に多様化していたと予想される。70年代の歌謡界では、それほど【強さ】は求められてはいなかったと思うが、「サライ」による復古の際には、80年代後半からの影響で【強さ】の理念を取り入れられたのだろう。実際、「昴」と同時期の「大都会」79では街に夢を描けずに街から逃亡したが、「サライ」は逃亡せずに街で夢を追うならば強さが必要だと歌っている。70年代は逃亡が出来たが、80年代後半は逃亡が出来ない状態になり、【強さ】の理念が必要にされ、「サライ」はそれを継承したと考えられる。
再確認のため、「サライ」で負けそうになるとされた事柄は何だったか?それは「時の流れ」にたいしてである。80年代後半は「人生」をテーマにする傾向にあった旧世代側だが、その旧世代側は「流れ」に目標なり美を描いていた。

「時の流れに身をまかせ」87
「川の流れのように」89

しかし「サライ」は80年代後半の若者世代の【走る】を見方を変えて継承したのと同様、旧世代の【流れ】についても見方を変えて継承している。そう、「サライ」自体が80年代からの時代の流れに対抗する70年代の復古がテーマなのだから、当然【流れ】と対置する自己が現れなければならないのである。説教形式で喩えれば、若者には「走っていることの社会的影響」を見ろ、旧世代には「流れに乗っていることの社会的影響」を見ろと、個人や仲間内との人生観追行も結構だが、その社会的影響も宜しくと言ったところだろう。谷村氏自身にはそのような意識的な意図はないかも知れないが……
全般的に「サライ」は「風」69の「人は誰もただひとり旅に出て、人は誰も故郷を振り返る」のテーマと重なるものである。しかし「風」で振り返えってもただ風が吹いているだけであったが、「サライ」では桜吹雪が舞っていて、いつか帰ると想い描く。そして桜吹雪とは夢を叶えて死ぬ象徴であり、夢を放り出して帰っては桜吹雪には成り得ないということであろう。また吹雪には個々人の人生が織りなす社会文化的な集合的意味合いを描いている。
80年代のゲーム的人間関係とは、そもそも故郷を見ない、見えない風の理念の故に、生じるものかも知れない。風とは諸行無常の理念で、ニヒリズムか、あるいは弱肉強食の結果論的現実主義へ導く。「サライ」は桜吹雪を持ち出して「久かたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」を復古させた形のように感じる。

90年代に入り70年代の理念復興させた「サライ」であるが、それを見てみれば、70年代に活躍した阿久悠氏の面影はほとんど皆無である。「風」、「喝采」「秋桜」「いい日旅立ち」 「なごり雪」など、ほとんどはシンガーソングライターによる作詞であって、阿久悠氏の場合は作詞、作曲、それから歌手と分担された歌謡活動に属していた点で異なっていた。恐らく【一人きり】という「My Revolution 」 以来の自己意識も関連づけるためには、シンガーソングライター的な作詞が必要だったのだろう。
阿久悠氏の場合は、フィンガー5やピンクレディーに認められる新規進出理念のテーマでは相手との対面を必要とし、一人の状況が現れる際には別れが前提とされる傾向にある。和田アキ子の「あの鐘をならすのはあなた」72では社会全体と個人の関係を全面に押し出した形で社会的影響を与える一つの鐘を示したが、80年代にはヒーローなき時代に入り、それぞれに多様化された鐘に集まり、新人類たちも鳴らし始めていた。「孤独な群集」に沿うような社会観としては、沢田研二の「時の過ぎゆくままに」75もあるが、堕ちてゆくのも幸せだよと時の流れに身をまかす感じで「サライ」とは対極であり、曲調は異なるがむしろ80年代後半の年配者側の理念に属したものである。要約すれば、「サライ」とは「昴」の立場を基調としながら「時の過ぎゆくままに」の流れから脱して「あの鐘を鳴らすのはあなた」へ向かったものである。それは「昴」には欠けていたある種の社会観を獲得することで可能となった。

あと「サライ」が24時間テレビに採用されている件に触れておこう。あの24時間テレビの演出に偽善を感じる人は少なからずいると思うが、ただ「サライ」に感動している人に比べれば、彼らの方が社会観に優れていると言える。しかし「偽善」と見ている点では、まだまだ浅はかな社会観であると言っておきたい。我々は人々の抱いている様々の社会観を見通す必要があり、また【その社会観を抱いた人々】についての知識を利用し舞台効果を計算する選民的職業意識への監視的表明がなされなければならないのだ。大多数の人々抱いている独立自尊的理念でそれは阻止されており、かつ選民的職業意識の方々はその独立自尊的理念を維持させるように構成していると言ってよい。あの助け合いには、実は独立自尊理念理念の維持がある。独立自尊理念の維持があるからこそ、助け合いに感動するのである。助け合いの状況を見る独立自尊理念は、また「人にはやさしさや助け合いの心がある」という人間観を通して見ているのだ。もともと人に見られるためではなかった助け合いを、人々に紹介することについて報道側はどう考えているのか?人は自分自身が抱いている社会観や人間観によって感情を表す。その仕組みまでを踏まえた社会観や人間観の普及に努めていないことが、24時間テレビについての様々な評価に分かれる基準になっているのだろう。
様々な社会観や人間観。それぞれが口に出さずにいるところの、各人が奇妙な形で自らの社会観や人間観を通して自尊心を感じているもの、それを人々はどこまで読めるだろうか?問題の一つは、そこに集約される。私にとって24時間テレビとは、人々の抱いている様々な社会観や人間観の状況、あるいはその効果の現状を記録した即時的な司会進行係などのドキュメンタリーである。そのため感動の仕方も人々とは異なり、たいてい制作者の意図と外れてしまうし、批判の仕方も的外れになる。

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  1. 2010/03/08(月) 01:52:40|
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