思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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みちびき地蔵の気持ち

みちびき地蔵は、明日の人々の犠牲を予知した。しかし、その原因理由は示さなかった。

人々は 「自分が出来ること」 と連呼しながら生きているが、そんな大津波後についても、やがて犠牲になる人々の群がみちびき地蔵には見えていることだろう。しかし、その犠牲となる原因が公に語られることはないだろう。人々は 「自分が出来ること」 に一生懸命で、聞こないからである。

みちびき地蔵は、その犠牲の運命があることを示し、ただ犠牲後の安らぎを祈るしかない。ある人々は 「自分が出来ること」 の自己宣伝に一生懸命で、部分を全体とするか例外とする代表選抜の舞台化を計画し、「人々がしていること」 を見ようとしない、そしてさせない。

みちびき地蔵は、祈るしかない。

みちびき地蔵には、マスコミのエール宣伝報道が津波の前兆である潮引きになっているのが見えるのだが、人々の覗き見発言の社会的効果を見ながら、ただ祈るしかない。

世の中には犯罪とされる詐欺と 「きれいごとでは済まないんだよ」 で箔がつく詐欺とがある。何か、こっそりと計画された言葉の効果(詐欺みたいなタテマエみたいなやつ)が、ここかしこにタコツボ的に配置されているって感じの世の中で、テレビなんか見ていても、それぞれの覗き見的狙いすましがホラー映画のようなハラハラ感やらスリルやサスペンスを誘うかのように満ち溢れ、それを参考にしようと技の習得に頑張っている視聴者々も中にはいるかと想像すると、自然と胸も熱くなってくる。全く感動していることの社会的影響、人々が支持していることの社会的影響などについて、善悪なく人々が見始めるまでは、監視役は必要とされない世の中なので、みちびき地蔵は祈るしかない。それはまるで、金剛力士なき世の、日光と月光の菩薩に遣わされたみちびき地蔵かのようだが、ちまたの支援祭りにたいしては、美空ひばりの 「お祭りマンボ」 をのせた金剛力士的な監視役も必要だと思う。

人々はそれぞれ知識的シンボルを放射させると同時に、その社会的放射状況を覗き見しながら自身の知識的シンボルを放射させている。

みちびき地蔵は、そんな状況を見ながら、祈りを放射するしかない。

みちびき地蔵さんって、何となく、かわいい ……



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  1. 2011/03/31(木) 20:26:53|
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