思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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80年代 多様化の利用

80年代に入って伝統的規範、理念などにたいする対応に関して多様化していった訳だが、それと同時に心理学用語や社会学用語らしきものが普及している。

81
青い鳥症候群
82
シンデレラコンプレックス
83
ネアカ、ネクラ
84
オシンドローム
ピーターパンシンドローム
スキゾ、パラノ

これらの用語が普及したことには、一体、何の意味があるのか?その用語の内容などは、ここではどうでもよい。問題は【多様化】された社会的状況下で、用語が【普及】したことである。多様化の中での心理学的、あるいは社会学的用語の普及は、解釈する側の心理、その用語を積極的に用いる人の心理が問題である。
彼らは、その自らの説明にたいしてなされる様々な人の反応を見ている。そう、多様化した人々の反応を。「ネクラ」は、とてもいい例である。その場の指導権を握りたい一部の人間が、「あいつはネクラだな」と、にやけながら発言する。人のことを個人攻撃に不愉快を感じる人間がいても、76年「電線マン音頭」「およげ!たいやきくん」、77年「トンデレラ、シンデレラ」などで馴らされてきた個人主義的安全志向の雰囲気の中、それを止める者はいない。たとえ居たとしても、その個人主義的安全志向の雰囲気の中では浮き上がる。
積極的使用者はその仕組みを知って「あいつはネクラだな」と言うのである。その雰囲気が蔓延すると、内輪の小さいところでも、噂話として用いられることにもなる。そう、【言葉にたいする人々の様々な反応】に関する社会心理学が、公表されることなく、一部の人間が積極的に場を見て使っているのだ。彼らの余裕は、その社会心理学があるゆえなされ、かつ、その自らの余裕が周りの人々に与える効果も感じてもいる。彼らは社会心理学的知識でもって効果を狙っているのであり、自らの心理が読まれない限り、どんなに嘲笑的、批判的意見を言われても傷つかないだろう。むしろそれに傷つかないことを見せることでさらなる自らの箔付けになるし、次の話題に役立つのでうれしさも倍増する。さらに人それぞれの自尊心の持ち方、恐縮状況、仕草など、決して説明することはない知識が豊富にあり、人々の前で披露される知識などはさほど差し障りのないものなのである。それはトリビアチックな噂であるが、教会の牧師を芸人として見ることから得られる知識らしい。
こうして見れば、出回っている社会心理学は可愛らしいものだ。そんな【言葉にたいする人々の反応】を計算する人々と、その言葉に反応する人々の、実際の現実社会については説明せずにいるのだから。もっと言えば、現在専門家は心理学用語で自分の活躍の場を保つの忙しいようだが、その用語が様々な人々の多様化の中で、どのような影響を与えているのかを説明した方が、より真実だろうと思う。
遡れば「与作」78においては、与作は木を切り、女房は機を織っていおり、その音で社会的分業を社会的かつお互いに感じていた時代である。80年代に入ると心理学用語の響きが盛んとなり、その心理学用語にたいする様々な反応という多様化に社会的分業、役割分担、キャラクターを感じることになって行く。言わば積極的使用者の響きは、その使用者を中心とする人々が、その響きにたいする反応の社会的分業状況を見ることとなり、そのような仕事が一つの仕事として社会的分業に入り込んだ。年末紅白では、様々の世代間の分担を、様々な世代から社会的に感じていたが、80年代からの心理学用語の響きによって音楽の社会的分業の響きは消されていった。
漫才ブームからは「オレたちひょうきん族」81が始まっている。一般的には「~族」とは、部外者が当事者たちに名付けるものだが、自らがそう名付けたあたりが素晴らしい。部外者から茶化されるのはしゃくに障るが、自らが名付けることで、言ってみれば「なんちゃっておじさん」78の効果により自らは本気ではない、不愉快に思う奴は「笑いがわからねぇ奴だなぁ~」と片付けられる力を持っていた。居座り的な伝統的、常識的な権威と闘うには、学生運動みたいな真剣な態度では成果が上がらなかったが、漫才ブームは新しい形態として支持されたのだろう。しかしその改革者も、次第に自らの居座り的権威へ役立てて行く。
翌年には「うなずきマーチ」82が登場した。漫才ブームではボケ役が権威的常識など多数が抱く不満対象を代弁的に茶化してくれ、ツッコミ役が「よしなさい」「なんでやねん」などと、常識的側からの若干の制御をすることで、ボケ役の茶化しにたいする不愉快を緩和し、冗談化してくれる形であった。ドリフターズで言えば、加藤茶、志村けんにたいする、いかりや長介さんだ。しかし漫才ブームにはドリフターズのような伝統と自由の社会的やりとりの共有化がなく、また伝統と自由の対立として物事を見ていなかったため、そのボケ役の発言中におけるツッコミ側のうなずきが、社会的役割が少ない安上がりのもののような扱いでクローズアップされた。漫才ブームにおけるツッコミ役は役立たず、ボケ役は新しき時代の先駆者と見た時代であったことを象徴する。これに比べてやすきよ漫才は違った。常識的ツッコミと常識から外れたボケの叫びがあった。また役割を交換した、常識側の居座りボケ状況と常識から外れた側の不服申し立て、一理あるツッコミが暗示されていた。やすきよは常識と非常識の共存という願いを示したかったのかも知れない。
(注意:ツッコミとボケの分類に関して、観点による違いが生じる)
そして85年の「8時だよ全員集合」の打ち切りによって、伝統理念の低下が決定づけられた。ドリフターズとゲストの歌手たちは、始めと終わりに観客や視聴者に向かって挨拶をするのが慣例であったが、それは舞台と現実社会の位置付けや、またお笑いと歌手との社会的分業の共有化された理念を投射していた。これに比べて「オレたちひょうきん族」の場合は懺悔室で終わった。それは内輪同士の懺悔で許し合う形で、舞台と現実社会の関係は個々人の頭の中におさめるものとなった。そこで投射されるのは舞台と現実社会の位置付けではなく、舞台内の役割分担のみである。
このように考えれば、80年代の多様化では、保守的伝統と新規的自由の対立理念は除外されて行き、代わりに役割分担への成功か失敗かという評価の普及が重要となったのだろう。そんな時代の中で【物語】の理念が氾濫したのは、無意識に社会的共有化されるところの景色の中に、個々人の役割分担を得たいと思う需要と共に供給されたものと思われる。

79
「HIRO」、今夜おまえはヒロイン
80
「裸足の季節」、ただ夢のこととわかっていても思いっきり答える私です
「やさしさ紙芝居」、そして誰もが主人公
82
「センチメンタルジャーニー」、物語だけ見てたいわ
「夢芝居」、男と女あやつりつられ
「チャコの海岸物語」海岸で若い二人が恋をする物語
83
「探偵物語」、タイトル「物語」
84
「星屑のステージ」、タイトル「ステージ」
85
「ふたりの夏物語」、タイトル「物語」

70年代には、カモメを中心とした鳥、飛ぶが共有された理念として広まっていた。80年代に入り物語が入り込んできたが、その融合体としては「ふたりの愛ランド」84の「ふたり、夢をかなえてる」、「翔んで、夏シマシタ」が挙げておけよう。
テレビドラマでは「男女七人夏物語」86、「~秋物語」87が生じたが、「スチュワーデス物語」83は大きな時代的意識変化に関わっている。もともとはバレーボールのスポ根もの、テレビドラマ「サインはV」(69と73の二回)を継承しようとした企画だったのだろうか?
「オレたちひょうきん族」では笑わせるために似たような白々しき演出が見られたが、「スチュワーデス物語」の場合は、笑わす目的の演技ではないにも拘わらず、視聴者からは「くさい演技」と称されつつ視聴率を上げた。一体、大映ドラマの時代を読んだ計画的成功なのか、それとも視聴者の意識感覚が時代を経て大きく変わってしまった棚から牡丹餅なのか、私には判定し難い。しかし視聴者が、日常生活などでそのくさい演技を真似ることにより、言葉や態度についての意識変化に影響を与えたものである。あと同時期には、「おしん」と「オシンドローム」の意識の二極分化が生じていたことも忘れてはならない。

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  1. 2010/03/03(水) 09:32:10|
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