思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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ムンクの叫び ~社会の見方~

ムンクの 「叫び」 って、主人公らしき人物が発している叫びじゃなくて、周囲の叫びが聞こえてくる中で主人公が耳をふさいでいるらしいね。今では、だいぶ知れ渡っていることなんだろうけど。

では何で二通りの解釈が出来るようになったかと言えば、それは自分個人と社会の関わり方の考え方にあるんだよね。

主人公が発する叫びって、社会の中を生きていく上での自分自身の苦心に一生懸命なんだ。もちろん他者についても社会の中を生きていく上で色々苦労しているんだろうねと、共感しているのか、それとも上から目線で同情しているのかはよく知らないが、一応考えたりもしているんだけどね。

しかし周囲の叫び声に驚嘆している主人公となると、社会の見方が異なってくる。(世の中の華麗なる無関心による成り行きに感心しているのである) 左側の橋にいる友達二人には聞こえない叫びが聞こえてしまう自分なんだよね。友達と仲良く生きて行くには、その叫びを聞いちゃいけないんだ。そんな聞こえちゃいけない叫びが聞こえてしまう状況にいる自分を、正面を向いて描いているのだから、「人々が聞こえない叫びが聞こえちゃうよ~」、ってアピールしているんだよな、きっとあの絵は。

いいかい?たとえばムンクの展覧会へ友達三人で行った帰り道、二人の友達が 「やっぱ、ムンクの叫びって、いいわ」 って色々楽しいそうに会話しているんだが、自分には目の前の状況以外の広い世界の叫びが聞こえちゃうようなもんかな。

ちなみにタモリって、ある程度ムンクの叫びがわかる奴なんだよね、へ・へ・へ。試しに 「叫び」 の主人公を、言葉を出さずにニヤけているカメラ目線のタモリか、あるいはナンシー関が残した 「うまいんだよタモリ」 の消しゴム版画と入れ替え、「笑っていいとも」 と改題してみれば、結構絵になると思うよ。橋の上の二人が叫び声が聞こえない いいとも的観客 で、タモリは叫びが聞こえていながらも、観客を喜ばせている感じがいい構図になる。しかも 「笑ってもいいかな?」 の掛け声に、「ダメだよ!」 といった叫びが聞こえている癖に、「何にも聞こえてないよ」 的にニヤけているのだから、なおさら絵になるんだ。彼は、いじめ問題が騒がれていた声を、確かに計算にいれた笑顔をしていたのだからね、く・く・く。さらに彼を支えることで得する裏方さんたちが絵画評論家となって、肝心のことは伏せて、どうでもよい内容で賞賛宣伝ですれば、もう完璧だ。ついでにテレフォンショッキングについて言っておけば、タモリの 「怒っているんですか?」、「バカにしているんですか?」 などの質問上手で、たいていゲストが半ば金縛りにかかったモナリザ状態になるのが、見どころだったのである。


つまり声なき声が聞こえない大多数の人々の中、声なき声が聞こえてしまうのが、ムンクの 「叫び」 なんだろうね。しかしムンク顔文字なんかを見ると、複雑な気持ちになるよ、ホント。みんながムンクの叫びを聞こえていたならば、今頃はもっとまともな時代になっていた、っちゅ~の。ゲ・ゲ・ゲ。



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  1. 2011/03/10(木) 19:13:33|
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