思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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シルシル君とミシルちゃん ~「自己啓発」という名の青い鳥~

「シルシルミシル」 とは、シルシル君とミシルちゃんがこの世の中の探索に出かける旅番組のようである。しかもバスガイドのようなナレーション解説が付き添う探索バスツアーって言った感じで楽しそうだ。

さてシルシル君の様子に注意して見ると、何やらちびまる子ちゃんで言うところの丸尾君に似た風貌ではある。ただし 「ズバリ、それは~でしょう!」 と、自分の出番を逃すまいと人差し指を立てるほどの力量までには及んでいない。シルシル君にとっては自分の意見を発表することよりかは、バスガイドさんの話をよく聞きながらツアーを楽しむことが今の目標なのである。

そう考えれば、丸尾君の場合には場を仕切って解説してくれるバスガイドさんのような役柄がおそばにいないから大変だ。全く誰からも頼まれていないのにも拘わらず、率先して自らの出番に意気込んでしまうのはいかがなもんかと思うが、気持ちはわかる。流れるナレーションにしても丸尾君へ聞かせるためではなく、ただ視聴者のみなさんに聞かせるためだけのツッコミなのだから、かの意気込みが修正される見込みも当分は無理だろう。

一方、ミシルちゃんの様子も見てみよう。左右に離れ気味の縦長のお目目で、快活そうな眉毛と来た。調べによれば、眼が離れた人とは寛大で物事を全体的に捉えることに優れているらしい。なるほど、縦長である目であることからすると、左右への瞳の動きには融通性がなく、危険察知の警戒感には乏しそうだが、それは快活さによる 「攻めは最大の防御」 でカバーされるのだろう。また上辺言葉と下心という上下を同時に見つめることが出来る縦長の目なので、我々も物を言う際には若干の注意が必要だ。



さてさて今日の日本では、何やら 「青い鳥症候群」 なる言葉もあるらしいが、シルシル君とミシルちゃんの場合は、もはやチルチルとミチルとは追い求めるものが違って来ている。そう、青い鳥を追い求めるためだけに行動している訳ではないのだ。むしろ青い鳥と一緒に世の中がどのように動いているのかを知るために行動するのである。シルシル君とミシルちゃんは、いい加減なバスガイドさんののナレーションを背に、世の中を覗いているのである。二人はナレーション解説の内容をそのまま鵜呑みにしたりはしない。ナレーション側からしても、わざわざ鵜呑みにする勉強法を戒めるかのように、いい加減を工夫している訳なのである。あるいは先人長老や先輩衆たちが自らの自己優位確保をしようと、何気にこちらへ恐縮をかけるためになされている言葉選びの様子を、誇張しつつ教えているのである。シルシル君とミシルちゃんは、世の中の教科書的解釈と共に言葉のやり取りという他の世の中の仕組みを学んでいる訳なのだ。つまりシルシルミシルには、何ひとつ無駄なことはない。むしろ人々が無駄と見なしていること自体が、もはや一つの世の中の出来事として観察されなければならないのである。



なるほど自己啓発とは、人々が追い求める 青い鳥 の一つなのである。彼らは自己実現という名の青い鳥を追う。そしてうまく行かなければ今まで追っていたのは青い鳥ではなかったと言い聞かせながら、他の次の青い鳥を探し求めるのだ。つまり自己啓発の本とは、世の中を見渡せばわかるとおり、次々と彼らのために提示される青い鳥なのである。一方、執筆者たちを覗いて見るならば、青い鳥症候群の阿呆たちが買い求める、そんな本の出版活動や講演会などが彼らの捕まえた青い鳥に相当している。

まあ最近では勝間和代が青い鳥症候群を利用して自らの青い鳥を捕まえた代表的な一人と言えるかも知れない。全く香山リカが青い鳥症候群の治療に困って論戦を挑んだのも納得できるが、しかしどちらも自己活躍に忙しく、実際の社会状況の観察を深めようとしない点では同じだ。まるで青い鳥症候群にあるお客様の奪い合い、あるいはマスコミお呼ばれ座席の奪い合いといった感じの自己主張だ。

名目上は 「人のために」 という動機で提供されている自己啓発論。しかしえげつない表現を使わせてもらうが、それは麻薬患者に麻薬を売っているようなものである。「人の喜ぶ顔が見たくて」 と説明しながら、次々と麻薬患者へ麻薬を提供する商人なのである。実際の麻薬については、その影響の害悪性が広く認知されているので規制がかかってはいるが、自己啓発論の場合は、未だに現実社会を見ることから関心を反らす害悪性ばかりか、その反らすことによって自らの市場拡張をしている害悪性について認知されてないから不思議である。

たとえばラジオなんかで人生相談する自己啓発論とは、麻薬患者からの相談を募集しながら自らの麻薬市場の拡張をしているようなものなのだ。別に押しかけてアドバイスするのではなく、募集をしてアドバイスをしているから社会貢献のように映るかも知れないが、それは実際の麻薬の効果を説明さないまま、よく効く薬と勧める公的に認められた密売人のようなものである。

一体そんな状況の中、他の心理学者や社会学者たちは何をしているのか、私にはさっぱりわからない。まるで麻薬密売組織の圧力を恐れてその暴露批判を躊躇しているか、それとも言論の自由ということで尊重してやっているのか、あるいはその害悪性に気付いてさえいないのか、はっきりさせてもらいたいところだ。いやはやそんなこと言っている間に、逆に誹謗中傷やら名誉毀損やらで私が訴えられてしまうのかも知れない。いや、実際は 「批判する人とは、人を妬むだけで自分では何も努力をしてこなかった人である」 を言いふらしておいてあるから、ただその社会的影響を覗き続けるのだろう、そっと麻薬患者と批判者の反応を見下しながら。

そんな訳で我々の側としては批判を差し控え、シルシルミシル的に彼らのような正当化上手な発言を真似ては社会的構造について、少しづつ、細心の注意を払いながら、みんなに教えてあげなければならなくなるのである。

まあ~あまり有り得そうな話ではないが、ひょっとしたら何年後には、自己啓発論の密売が犯罪と見なされるようになり、こっそり入手し捕まってしまった者が、「何でおまえは自己啓発論なんかに手を出してしまったんだ!」 と問いただされては、「すみません…… つい自分の弱さに誘惑されてしまいました」 と、そんな光景も見られる時代になっている可能性も少しはある。

いずれにせよ、青い鳥を追い求め続けさせる、心理学者の心理学者による心理学者のための有害なる自己啓発論なんかを相手にしてないで、さっそくシルシル君やミシルちゃんを見習い、現実社会を見つめ知ることの方に気持ちを移し始めた方が、自分自身に限らず社会のためにもよさそうである。



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  1. 2011/02/08(火) 20:51:02|
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