思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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阿久悠の周辺4

(3からの続き)

ここから次の後期の五曲に話が移るが、まず前期が恋する女性の周辺が舞台であったのにたいして、後期は【非常識、非日常的】な架空なものを題材としている。「UFO」は宇宙人、「サウスポー」は魔球、「モンスター」は悪魔的救世主とか内面に潜んでいる未知なるもの、「透明人間」は透明人間自身、「カメレオンアーミー」はカメレオン親衛隊である。

まず「UFO」については、「それでもいいわ、近頃少し、地球の男にあきたところよ」とされ、新たなる何かが期待されている。

「わかれうた」77「あなたは愁いを身につけて、うかれ街あたりで名をあげる」
「迷い道」77「まるでで喜劇じゃないの、ひとりでいい気になって」
「かもめが翔んだ日」78「あなたが本気で愛したものは、絵になる港の景色だけ」
「オリビアを聴きながら」78「疲れ果てたあなた、私の幻を愛したの」
「プレイバックPART2」78「坊や、一体何を教わってきたの?私だって私だって、疲れるわ」
「東京ららばい」78「だから朝まで、ないものねだりの子守歌」

前作「ウォンテッド」のヒットチャート一位の座を奪ったのは、中島みゆきの「わかれうた」77。(翌週「UFO」が奪回)それは渡辺真知子の「かもめが翔んだ日」78と同じく、新しい女から見る男像が示されている。また渡辺真知子の場合は前作「迷い道」77で、自らの過去を振り返り、人間を見る目を反省する場面を表している。「かもめが翔んだ日」と「オリビアを聴きながら」では、他者の抱いている解釈に自分側の現実が映っていないことを露わにしている。そして山口百恵の「プレイバックPART2」78では、安上がりに見える男の考え方に呆れて、指をさす。これらはすでに自らが抱く恋物語や失恋物語などではなくて、恋や失恋に関わる人間観察が主題となってきており、女性から見る男性像がかなり変わってきた時期に相当する。その女性の男性像を参考に全般的な意識も変えられてきたのだろう。またこれに加え、新たな展開を望むことができない状況を表した中原理恵の「東京ららばい」78などもある。ただ新たな展開を望むか望めないかの違いはあるが、いずれにせよ、現状の男たちの意識に不毛を感じている点では、みな同じ部類にある。
これらをもっと一般的な事柄に拡張解釈しておこう。それは現状維持への飽きと新しいものへの期待と不信である。現状維持への飽きは言うまでもなく、地球の男に象徴される。期待と不信は「信じられないことばかりあるの、もしかしたら、もしかしたら、そうなのかしら」、「信じられないことでしょうけれど、嘘じゃないの、嘘じゃないの、本当のことよ」に描かれ、自身の信じるか信じられないのかの揺れ動く選択心情と共に、自らの言動に向けられる周囲からの二分する評価の圧力状況が示されている。
次の「サウスポー」の出だしでは「背番号1のすごい奴が相手」が登場する。これはライバルの象徴の感じがするが、そうではない。背番号1が支持されていること、スーパースターとの闘いである。喩えるならば、飽きてしまった地球の男たちの意識改革をするために、彼らの陶酔している背番号1と闘わなければならなくなったと、言ったところだろう。「私ピンクのサウスポー」の後に流れる音は、「UFO」と類似した非常識空間を演出するような効果音だ。また阿久悠氏はアンチ美空ひばりとして「美空ひばりが歌いそうにない歌を書くことから始めた」と自ら記しているらしい。恐らく背番号1は美空ひばりと重ねられていたのだろう。「ちょうと一本足で」、「投げて見ろと笑う」といった、未知なるものに無頓着で現状常識に余裕の信頼を置くものとして。
こうして「サウスポー」では「しばらくお色気さようなら、でっかい相手をしとめるまでは、ちょいとお預け」と、これまでの恋する女性のテーマから離れ、それは以降の「カメレオンアーミー」まで続く。「UFO」で地球の男に飽き、地球常識の代表男、背番号1と闘うことになった「サウスポー」である。
「モンスター」になると、今度は、その常識と闘うための悪魔的救世主、あるいは内なる悪魔的目覚めを呼び起こそうとする。初めは飽きた恋の改革だけだったはずだが、時代の変化は速く、「この世の中、いただけない人ばかりがうようよして、真っ暗闇じゃないかしら」という状態となってしまった。でっかい相手はさらに大きくなり、満月の夜に「S.O.S」で知り合った狼たちにも大改革の参加を呼びかけたのだろうか?過去の「傷だらけの人生」71の頃も同じく、時代変化で何から何まで真っ暗闇の状態、当時の雰囲気を呼び起こすために、「恋のフーガ」69のイントロが一部取り入れられたのだろう。「真っ平御免と大手を振って、歩きたいけど歩けない」状態だったが、今回のモンスターには「大威張りでね」と励ましている。そんなモンスターの到来には、常識人の叫びが響き渡った。
モンスター到来による叫びも、「透明人間」では、不思議にたいする世間の騒ぎに緩和された。そう、エクソシストの叫びが緩和された訳である。要は常識人に非常識があることを伝えれればよいのだが、しばらくすると、何か不都合なことがあるのか、色々周りから「嘘を言っては困ります」とか、捕まえようとするので、消えることとなった透明人間である。
締めくくりの「カメレオンアーミー」は、「およげ!たいやきくん」の雰囲気でイントロが始まる。毎日毎日、鉄板で焼かれてばかりの日常に飽き飽きしていたたいやきくんの気持ちは、地球の男に飽きたピンクレディーには身に染みてよくわかる。しかしたいやきくんのように食べられてしまっては、どうしようもないので、透明人間のように消えて狙い撃ちされないよう、ひとまず消えていた。そこで親衛隊と共に進出しようと試みようと思ったが、消えていては当の親衛隊にも気付いて貰えないので、見えつ隠れつ保護色に成り得るカメレオンになったのだろう。
カメレオンは親衛隊として引き連れて、「女だと甘く見てたら狼たちよ、泣きべそをかくことになる、それでもいいの?」と問った。この最後の問いを拡張解釈すれば、「常識、時代、世の中そんなもの、と甘く見ていたら痛い目にあうけど、それでいいのかい?」といった具合だろうか。ただ私が見る限りの実際の状況は、たいていの場合、人は困らなければ変えようとしないものではあるが。

こうして見れば、阿久悠はピンクレディーを通して、赤ずきんちゃんに社会学を伝授しようとしていたのかも知れないと思える。

(5へ続く)

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  1. 2010/02/27(土) 02:55:51|
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