思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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思考形態の恒常化 ~燃焼論革命からの帰結~

ラヴォアジエの新燃焼理論(1774年)によって、化学あるいは科学的思考は大きく変わった。なるほど、すでに1756年にはロシアのロモノソフが同様の燃焼理論を発表していたらしい。しかしその発表後における、旧来の"恒常化した思考"と新規に"開発しうる思考"の区別にまで注目した文化圏は、どちらかと言えばフランス側であったように思われる。

ラヴォアジエが活躍したフランスにおいては、後の1799年、フランスのアカデミーによって 「習慣の思考能力に及ぼす影響を決定せよ。すなわち同一の操作が頻繁に反復される時、それが知的能力に与える効果を示せ」 と言う懸賞論文が募集されたらしい。(南博 「原典による心理学入門」1993 講談社学術文庫 参照引用) 当のラヴォアジエにしても、人々の思考とは人生経験によって一定方向へと傾いて行くため、新しい考えを受け入れ難くなる点について示していたらしく、一般人に限らず科学者についても、同様に習慣的な思考に慣らされる偏狭性に触れられていたフランスであったのだろう。

科学者とはある面において、実験によって新しい理論を探って行く訳だが、ただ実験結果がそのまま新理論に結びつくものではなくして、当の科学者本人の思考が旧来の理論に潜む恒常化した思考形態に気が付かなくてはならないのである。実際のところ、アインシュタインの特殊相対性理論の場合には、実験検証よりも旧来の理論に潜む恒常化した思考の盲点から、特に"光速度一定の法則"と"側面的な相対的座標系の同等性"によって新しいモデルを構築をしえた形であった。



先のフランスにおける習慣と思考についての論文募集で脚光を浴びたのはメーヌ・ド・ビランであったが、他方のドイツではカントの 「純粋理性批判」1781 であり、フランスとドイツの思想状況、思考形態のちがいが伺える。またラヴォアジエ以前の熱素説が、ドイツより生じていたのも、なにやら奇妙な因果と思える。1669年、ベッヒャーは燃焼をある成分の排出と考え、1723年にはシュタールが熱素説を発表したのが、ドイツである。

なるほど、単純に燃える炎を見れば、何か上方に排出されて行くように見えるから、熱素説も有りだと思える。しかし、そんな漠然とした感覚的印象のみを熱素説の発生契機と考えるだけでは、何かもの足りない。それには、もっとドイツにおける広く浸透していた何らかの思考形態の影響に支えられて発生したと考えておく必要性もあるように思われる。

熱素の排出。それはまるで個人的な人生の燃焼と重ねられたイメージによると思われる。我々は日々、食物を摂取し活動する。つまり人生とは個人の中に潜む何らかの資質の放出であるように、燃焼も物質内に潜む熱素の放出だろうと漠然と考えられた、まさに燃焼的輝きと人生の輝きがイメージとして重ねられていたかのようなのだ。そして、そうしたイメージが強かったドイツであったがゆえに熱素説が発生したとも推測できそうなのである。

一方、フランスのラヴォアジエの場合は、そんな輝き放出のイメージはともかく、質量保存の法則(1772)を頼りに検証実験を行って新たな燃焼論に到達した。目に見える炎の上昇から何らかの"排出"を描いていた熱素説は改められ、真逆の目に見えない酸素の"流入"に辿り着いた訳である。

そんなラヴォアジエによる帰結を知った当時の人々は、相当に様々な見解を下したことだろうと思う。たとえばラヴォアジエの方法に素晴らしき合理的な科学的方法を見た者もいれば、また旧来の熱素説の不備から人間の思考についての習慣的偏狭さを見た者などと、様々いたことだろうと思う。そうした状況だからこそ、カントの 「純粋理性批判」 も注目を浴びることになった時代と言えるのである。

おそらくカントの場合は、新興の合理的思考よりも人生的生の方を基本としていたがゆえに、合理的理性の使用状況について吟味しえたように思われる。そうしたカントの、理性に偏狭性を見ることができたドイツ的な姿勢とは、熱素説と重なっていたであろう、消耗しながら輝く個人的人生のイメージに支えられていたのかも知れない。当時の合理的思考による改革に改革を重ねていく時代的な先導志向なんかには流されない、むしろ潮流に逆らい消耗しながらも、その合理的思考の使用状況を考察することに一つの輝きをイメージ出来たのが、ドイツ語文化圏と言える。

様々な知識状態の人々を見ては世界観の分類状況を示したディルタイは、「生の哲学」 に接していた。また現実存在に注意した実存主義は合理的思考による発展改革について偏狭的志向を見れたのであり、あるいはニーチェが主知主義的態度を批判したのも、その知が生によって支えられていることについて考慮されていない主知的態度のことでであって、人生を基準とする考え方によって思考を付随物と見なせた結果であろう。

カント以降のドイツに独特な探求態度とは、各個人の活動に消耗していく燃焼のような人生を見た結果にあると思う。すればエネルギー保存の法則は、各個人のエネルギー燃焼から、社会的かつ歴史的な個人個人の人生総称をイメージさせるものなのかも知れない。知識社会学の土壌を作ったのがドイツ語文化圏であった事情は、そんな知識を持つのが自己と言った領域に拠点を置いているがゆえに、自身を含めたすべての個人個人が抱いている知識を同等な存在論的領域に置けたのであり、その結果、様々に個々人が自称している合理的思考の多様状況を研究対象にしえたためであろう。

フランスのラヴォアジエは質量保存の法則(1772)から新たな燃焼論を構築したが、一方のドイツではマイヤーやヘルムホルツによるエネルギー保存の法則(1842,1847)であった。エネルギーに保存、つまり様々な状態における相互変換性を拡張しえたのは、イギリスのジュールを入れても西ゲルマン語に相当する文化圏の優位にあった点は注意するに値するであろう。

もともとドイツでは、イギリスやフランスの市民革命や啓蒙主義的な個人主義のような"粒子的な力"を出すための自己工夫のみに限らず、ランケの頃には個人個人の"エネルギー的な流動性"に社会や歴史を見るに至ったと見なせそうだ。ランケの歴史学とは、従来の力関係の教訓的理論から、様々なエネルギーの流れと見ることへの移行とたとえても、あながち間違いではない気がする。フランス啓蒙主義は合理的思考に光を見てそれに人々が集ったが、ドイツ歴史主義は各人のほのかな炎の織りなすエネルギーの流動性を見たのだろう。

そんなエネルギー流動性による考察ではイギリスやフランスをはじめとする産業革命の外圧には耐えきれなくなり、ニーチェの 「力への意志」 が興隆しナチズムへの集約されていったように思える。エネルギーを基準とする思考は多様社会を考察する理論的社会学となりうるが、力を基準とする思考はマキャベリズムや個人主義的社会学となり、自身は理論的に説明しているつもりでいても、実際は粒子的な個人主義の実践的意味を含んでいる。すれば現代日本における 「老人力」 からの 「~力」 の興隆とは、歴史観と社会観の減退した、お馬鹿・タコツボ的・狙いすまし知識が重宝される、お呼ばれ計算社会の幕開けだったのである。



当のエネルギーの語源を辿れば、アリストテレスの可能態 dynamis 、現実態 energeia の現実態の方に由来するのであり、力を作るための可能原料としてのエネルギーではなく、現実に行き渡って流動したり静止しているものの総称であった。またエネルギーの語源は古代ギリシャ語で仕事である。つまり社会や歴史は人々の様々な仕事の総称であり、一方の可能態の意味はダイナマイトという、爆発の仕事をなす可能体と見なされていたと思われる。それ以前の現在で言う運動エネルギーに相当する事柄については、ライプニッツがラテン語 vis viva と生きた力と見ていて、その後イギリスのヤングが 「エネルギー」 を使い始めたらしい。

古代ギリシャ語では、仕事に現実態を見て、その可能性にダイナマイトの語源 dynamis を見ていた。ヤングは仕事から 「エネルギー」 を名付け始めた。いずれの場合も仕事に価値を置きながら、その可能性の潜在性を示唆した形である。しかしライプニッツの時は、まだ仕事までには達しておらず、力の方に置かれた形である。ライプニッツはモナド論を唱えていたように粒子集合と見る傾向にあるが、ヤングによってエネルギーの変換性が基本となり、粒子はその一つの媒介物に位置づけられた形となったのだ。

まあ~、今後の知識社会学の意義が理解された時になれば、エネルギーを土台的領域と見た上で、個々の力については一部分の働きと見られるようになることだろう。



さて現在の教育状況を見れば、燃焼を酸化現象と容易く学べる時代である。しかし今もって熱素説の古き思考を乗り越えられた訳ではない。それは間抜けな個人心理学の用語である、順応性、協調性、独創性、融通性などに未だ応用されているものなのだ。熱素説の場合、燃焼と言う名称からそのままその素となっている資質を見える個体の中に投影させた思考である訳だが、順応性、協調性、独創性、融通性も、ある名称付けられた「順応している」、「協調している」、「独創的である」、「融通が利いている」から、そのままその個人内の資質であるかのごとく、「~性」とまとめている点で共通した思考の産物である。「老人力」から普及し始めた「~力」も、それに近い思考による表現に相当している。それらは、燃焼に外部からの酸素流入状況を全く見ようとしない、社会や環境の捨象である。(個人心理学自体がそうした社会を捨象する理論である)

もっと言えば、氷には堅実性があり、水には柔軟性があると分類しておきながら、暗に氷には 「おまえは柔軟性が足りないね」 、水には 「おまえには堅実性が足りないね」 と言った感じの人物評価の発信地位を自らの元に留めておこうとする思考なのである。彼は温度に関係した同一物質としての考察をしない。自身の知識の狙いすまし効果を期待する人々にお呼ばれすることに、秘境的な社会構造を見る人なのである。

いやはや、熱素説からドイツ的思考を簡単に結び付けてしまった訳だが、それにはあまり信憑性はない。しかし何らかの文化圏に特徴的な世界観イメージが、その成員の独創的な思想に影響を及ぼしているだろうことや、その文化圏において日常的に認められている思考とは恒常化された思考であり、順次進展していると思われているものも恒常化された思考の内容的変化に過ぎない点を了解していただきたい。



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  1. 2011/01/06(木) 21:14:23|
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