思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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阿久悠の周辺2

阿久悠が施した他の分野には、ほかに年少期を題材にした進出理念の投射共有化がある。進出理念とは、社会的経験の際になされる参加態度についての解釈のことであり、阿久悠は、その様々な解釈する人々の間に広がる、その解釈理念が作る雰囲気の投射を描き広めた。その代表作は、フィンガー5やピンクレディーに認められるものである。

まず74年の「個人授業」「恋のダイヤル6700」では、「あなたは先生」「あなたが好き、死ぬほど好き」「君のテレホンナンバー6700」と、【あなた】【君】と相手への積極的指名呼びかけがなされている。それは相手に呑み込まれないための一つの進出理念である。「いけない人ね」と叱られた生徒の対策ではあるが、それは大人社会にも投射されているだろう理念で、地位ある人々からの評価にたいする、その評価人へのこちらからの意見表明のチャンスを意味していたり、言いたいが言えない実際の状況なども映している。
そして75年の「学園天国」「恋のアメリカンフットボール」になると、二人の間での対面状況ではなく、【ライバル】のいる社会的な状況がテーマとなっている。クラスで一番の美人の隣の席をただ一つ狙うライバル競争の場、「手強い相手だ抜かるな、一気に潰して進め、あいつはでっかいライバル、今日こそ決めちまえ」と意気込む場である。
阿久悠は、この社会的なライバル闘争の状況を中心にしてテーマを広げる。「もしダメならこの僕は、もうグレちまうよ」と、その競争後の選り分けされる社会的状況を暗に示唆している。また「どちらもどちらも、大好きよ、私の心は決められない」と、意気込んでライバル闘争に励んでいた少年たちではあったが、後になって暢気な表明をする少女が現れる。曲調も急に穏やかな語り調となって、彼女の特別な存在をアピールしている。こうしたライバル競争の場の他にも暢気な立場があることが示され、その後、そんな人々の関わりの中でそれぞれが明るい未来へ向かってゆく、そんな曲調となって終わる。それは85年、テレビ化された「タッチ」の南ちゃんと重なり、ある面、影響を及ぼしているものである。
こうしたフィンガー5の活躍によって、今まで「黒猫のタンゴ」69のように心悩ましていた世の少年たちの元気も、高揚し、促進されたのだろうか?75年には「年下の男の子」がその状況を「憎らしいけど好きなの」と表明された。【あなた】と指名呼びかけすることによって新たな進出を獲得した少年たちではあったが、今度は【あいつ】と逆指名の呼びかけを喰らった形である。せっかく発見した指名呼びかけ進出方法も、早くも砕かれ行き場をなくした少年たちである。今さら「黒猫のタンゴ」69へ戻る訳にもいかないとばかりに、「およけ!たいやきくん」76がそれを支えた。
さて、かの少年たちのライバル闘争を煽っておきながら、暢気な表明をされていた「恋のアメリカンフットボール」の少女。彼女もやがては恋をする季節に入る。それをテーマにしたのがピンクレディーで、デビュー曲「ペッパー警部」76ではペッパー警部から警告を受ける恋する二人が登場した。
そこで私の妄想ではあるが、振付と合わせて「ペッパー警部」を考察してみると、【ペッ】では左手が下に下ろされているが、それはガムや痰なんかを下方に吐き出す時の「ペッ」と呼応した、邪魔な様々の事柄の吐き捨てを意味する。【パー】では下方にある左手が徐々に振り上げられてゆくのであり、「パー」と恋の高揚してゆく期待感。【警】では顔を伏せると同時に左手を右方へ移して身を屈められ、不意に仕掛けられた攻撃にたいしての避難状態で、【部】では再度左手は左方に開かれ顔は正面に向けられる。
まとめると、様々な躊躇を振り払って恋へと期待感が高まったところに、突如どこからか放たれた矢を避けることとなり、その矢の放し手を確認したと言ったところだ。【警部】の時の指のL字は拳銃の象徴と同時に、多分、恋する二人自身を隠す為の四角い扉の下角の部分を表し、左手が右から左へ移動する時に閉められ、「私たちこれからいいところ」に向かう状況のようにも見える。そう解釈するならば、恋にまつわる様々の周辺環境が歌われていると言える。もはや恋をするには、男の子たちのライバル闘争なんかを見て暢気にしていられる年頃ではありません。
以後ピンクレディーは三カ月おきにヒット曲をとばす。

76
ペッパー警部
S.O.S
77
カルメン77
渚のシンドバッド
ウォンテッド
UFO
78
サウスポー
モンスター
透明人間
カメレオンアーミー

私見では、79年「ジパング」以降の曲には、解釈しきれない躍動感の投射なるものが共有化されたとは思えないため、「カメレオンアーミー」までの10曲にしか、時代的な意識や理念などの推移について考察できないと思われる。

(3へ続く)

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  1. 2010/02/25(木) 23:08:50|
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