思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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70年代 カモメ

71
翼をください
ハチのムサシは死んだのさ
74
かもめのジョナサン
75
かもめのミナサン
76
電線マン音頭
およげ!たいやきくん
77
津軽海峡冬景色
トンデレラシンデレラ
78
しらけ鳥
かもめはかもめ
かもめが翔んだ日
80
カラスの勝手でしょ~
81
蜂の一刺し
83
風見鶏
85
ダッチロール


69年の東大紛争、連合赤軍ハイジャック事件や、時代潮流に憂いを感じた三島由紀夫の決死の訴え、覚悟の自決に至ったのが70年。これらの事件をピークに、時代の変わり目が感じられる。
70年までは、既存権力体制にたいする不満などから、反逆理念を共有しようとする動きが可能であった。「ノンポリ」という政治意識なき者への揶揄が生じていたのが、その一端である。しかし70年以降は、逆に熱き政治意識は、狭き視野の自己陶酔として揶揄されてゆく時代へ向かってゆく。
それも一つには、急進的活動の成果なき結末が見えてしまい、未知なるものへの団結力を維持しえなくなったためであろう。「フランシーヌの場合」69「ハチのムサシは死んだのさ」72などは、成果なき結末、無駄な戦いの意味合いを代弁化、また広く共有化させたものである。一方では、もはや体制への反対行動は極力避け、専ら自らの安全に気を配ることに力点を置く、危険察知の理念が台頭する。キンチョールのCM「トンデレラ、シンデレラ」77、「電線マン音頭」76「泳げ!たいやきくん」76は、より若い世代向けに浸透した。それは「期待される人間像」65からの適応闘争への発展なのかもしれない。
そんな政治意識からの離反の中、新規目標理念として自由の象徴として「鳥」が強調されたのが70年代である。「翼をください」はその初期段階の名曲で、五木寛之の訳した「カモメのジョナサン」からは、「カモメ」が主題とされる傾向も生じた。「津軽海峡冬景色」77、「かもめはかもめ」「かもめが翔んだ日」78は女性歌手から歌われ、ドラマの一シーンに随所に印象的に使われてもいた。またマイナーではあるが、「かもめのミナサン」には、80年代の漫才ブームから始まる新規理念発信者の視線、視界の原型とも言えるものがあろう。

80年代に入ると様相が変わる。童謡「七つの子」の替え歌、「カラスの勝手でしょ~」がチビッコの支持を得る。70年代の「鳥」に象徴とされた希望やさまよいの入り混じった哀愁の減退化を意味する。お笑い界の「しらけ鳥」78にさえ、哀愁が見え隠れしていた。
そして「蜂の一刺し、刺したら死ぬのよ」、安全志向を優先させてきた中、あえて一刺しを試みる潔さが登場してきた。しかしこれは潔さの理念と言うよりは、安全志向の人々を計算して暮らす者への、反逆的当て付けである。「フランシーヌ」や「ハチのムサシ」のような戦いではない。80年代とは、安全志向に飽き飽きして潔さを求め始めたのではなく、他者の既存安全志向を利用する新規進出が台頭し始めた時期である。
83年の「風見鶏」などは、信念なきふらつき、状況変化にたいする柔軟性と二分する評価であったのだろうが、もはや「鳥」は自らの希望やさまよいの象徴ではなく、瞬時状況を見て向きを定めるものとなった。人々はその各人の状況判断を評価し合うこととなり、「ダッチロール」85はその失速の代名詞として見られたのだろう。
70年代の「カモメ」は希望でさまよい飛んでいたが、80年代は既存理念にたいするお茶化し進出が発明された。彼らは様々な志向の人数配分と、その舞台効果などをに卓見していたのだろう。そう、「カモメのミナサン」の様々な志向とその人数配分を。
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  1. 2010/02/22(月) 11:00:14|
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