思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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現象学 フッサール

今日我々は様々な知識を聞き入れながら、それらを信じている。その自らが抱いている知識については、曖昧なインチキ臭さもあるのだが、まあ昔に比べれば幾らか進展したものだろうと適当に思っているのが大半である。

そこでその曖昧な知識を抱いている状況にたいして、より厳密な学的領域を訴えたのが、フッサールの現象学である。簡単に言ってしまえば、知識とはまず現象を見ることによって構築されてきたものであって、おおよそその元となっている現象について吟味し直そうとした学的立場と理解してよい。

さて参照する邦訳書については、分量からしても比較的安価な中央公論社の「世界の名著シリーズ62」一冊で足りるようにしたいと思うが、一番の要は【判断中止】である。「デカルト的省察」第十四節に記されているとおり、"この机についての知覚は、判断中止の後でも、以前と同様に、まさしくこの机についての知覚である"という点が強調されている。我々が現在抱いているすべての知識の真偽を疑う(デカルト的判断中止)意味で【判断中止】を行い、同時にその自らが抱いている知識を、"自らが抱いている現実"として一時も欠かすことなく意識し続ける、そうした現象学的判断中止のために、すべての知識内容を【括弧に入れる】のである。

つまりフッサールはデカルト的判断中止の不徹底にたいして、現象学的判断中止と言う"すべての知識判断を括弧に入れ続ける意識"を示したのである。彼が「デカルト的省察」第十節で言いたかったこととは、デカルトが「我思うゆえ我あり」と判断した時、その判断自体を括弧に入れ続ける意識をそのまま保たなかったために、従来の無意識な判断作用に戻り、演繹的説明のための確固たる大前提と見なした点を問題としたのである。

[判断中止]と[括弧に入れる]とは、言い換えれば【知識所持の現実】を意識し続けることを意味し、カント以来のドイツ語圏を中心とする知識論的考え方の賜物なのである。同じ頃には、マンハイムによる知識社会学も現れ始め、ある面でフッサールの現象学とはかなり近い研究領域にあったと言ってよい。フッサールは「厳密な学としての哲学」において、ディルタイの世界観類型を取り上げては歴史主義の強調する"様々な知識形態の相対性"について触れていた。それは様々な意見を持つ人々がいる中、どれがより妥当なのかという問題を追究することがない点を問題とし、むしろ相対的妥当性を示していること自体が歴史上の一つの立場に過ぎないと問いかけた形である。

確かに妥当性についての見解ではディルタイとフッサールは明らかに異なってはいるのだが、様々な意見が流布しているグローバル(地球)的状況を問題とした知識論的な関心を重視していた点で一致しているのであり、同じくマンハイムにしても、敵方の気に入らない理念についてのみ「イデオロギー」と命名する態度を問題としながら、自らが抱いている理念さえも「イデオロギー」として認める知識社会学の立場を示したのである。

そもそもデカルトの懐疑(判断中止)の動機も、その土地土地において真実と見なされている事柄が異なっている状況(意見の多様状況)から始まったのである。しかしデカルトの場合は知識所持の状況を深く知識論的に追究しえなかったのであり、カントの知識論的解釈が普及したドイツ語圏において展開されることになった分野である。

つまり現象学には、様々な人々の【知識所持】についての関心が色濃く含まれているのである。その知識所持の意識のために、フッサールは判断中止や括弧入れ(現象学的判断中止)を示した。もともと人それぞれ大きな相違がない現象と考えられるのに、何故に人それぞれ異なった見解に分かれているのかという関心が現象学であって、その一致しうる地点として現象学的判断中止が示され、[知識所持]の意識の獲得が目指されるのである。

全く我々が現象学を理解しようとする際には、ただ厳密なる哲学的方法の獲得に集中するだけではなく、現状の人それぞれ異なった知識形態にある社会的状況を踏まえることが賢明であるだろうし有益であろう。あるいはショーペンハウアーにしても、現象学の[現象・意識]に近い[表象・意志]にあったと言ってよいかも知れない。ただし現象学の場合は、表象が構築される前段階の[現象・意識]であり、表象中止(判断中止)を行った形へと展開されている。もしショーペンハウアーからの現象学的展開を試みるならば、ショーペンハウアーが「意志の否定による、個性化原理を避ける普遍的な表象形成」を目指していたのに比べて、現象学では「現状の表象中止から表象所持の意識を獲得する」となったのである。

現象学で示された【意識の指向性】とは、現状の人々の様々な知識状況を踏まえたものであって、自身の意識の指向性を自覚しないまま、自らの妥当性原理によって信憑性を定め信じられた結果と見なされている訳である。それは特に「デカルト的省察」第二十節と第六十四節の「知られざる指向的能作による形成物」に象徴されるだろう。ショーペンハウアーは指向性を排することに目標を置いた感があるが、現象学が指向性の自覚とされたのである。

そんな知識論的意識を深めたドイツになりえた経緯としては、レッシングの「賢者ナータン」1779によって三つの宗教から漠然とした人々の意見の多様性状況が示されことにあり、合理主義的な理性計画や啓蒙主義に反対する[反理性][非理性]の理念を主題とする歴史主義やロマン主義へ、そして[生の哲学]や[実存主義]へとつながってゆく発端になっている。

しかし忘れてはならないのは、その非合理的な生なるものを主題とすることによって、その非合理性の位置付け自体が理性的に考えられる結果となっているのである。非理性とは、決して犬や猫などに象徴される訳ではない。犬や猫にも例えば記憶が働いている点で理性的な活動がなされているのであって、ただ理性的な社会支配を言葉で行わないだけなのである。要するに人間が「合理性」という評価表を理性的に標準化しようとしたので、一方で「非合理性」の評価表を理性的に訴えた勢力が現れた形なのである。合理的な啓蒙主義の勢力に加え、それに対抗する非合理性を訴える勢力の台頭により、双方の理性内の知識形態の相違が顕著となり、やがて[判断・意識]の現象学、あるいは[知識形態・活動形態]のような知識社会学が現れたドイツ語圏である。

現象学と知識社会学の並行性。マンハイムの知識社会学で扱われる知識の領域はかなり限られたものではあるが、あらゆる現象学的判断中止によって括弧に入れられる知識、理論、理念、思い、想像などを対象とする知識社会学が可能となる。まさに現象学とは、知識社会学を深める【研究者としての意識】を確立するために有効である。また一方の知識社会学とは、現象学的括弧入れによって自覚されるようになった、自身を含めたすべての人々が抱いているあらゆる知識について、それを今度は【社会的かつ歴史的位置づけ】によって理論的に構築しようとする立場にある。

言うなれば、思うほどフッサールの現象学には、厳密なる学のための方法が集約されている訳ではない。もっと、同じ現象を意識している人間同士にも拘わらず、人それぞれ異なった形で統覚している"知識形態や思考形態の多様性"について説明しようとする存在論的な解釈モデルを順次試して行く研究領域が必要なのである。フッサールの場合は、例えば他我を認識しようとする際、研究者自身の側のみに限った現象学的判断中止であったように思えるのだが、そうではなく、現象学的判断中止によって自我と他我の双方を含む人間全般が抱いている【知識所持】を意識できる研究者の立場を確認し、その全般的な人々の知識形態の多様性を説明するための試作的な解釈モデルを次々と構築前提する必要があったのだ。

おそらくフッサールは解釈モデルを前提すること自体をデカルトの方法と同一視してなのか、それを避けた感じなのだが、問題は【前提を前提と自覚する】ことによる解釈モデルの提示と、その漸進的充実にある。その解釈モデルの試作の場が、知識社会学に相当するのだ。もちろん現状の知識社会学には素朴性が残されているのであるから、その研究対象とされている知識を意識化するために、【現象学的判断中止による括弧入れ】が役に立つ訳なのである。

それにしても20世紀前半に現象学と知識社会学が用意されていたのに、その後の進展は現在に至っても目立った成果は広まっていない。その大きな要因の一つには、ユングの「タイプ論」1921の普及をあげてよいだろう。ユングは[外向的・内向的]と[思考・感情・感覚・直観]を組み合わせた計八つのタイプに分類した。その中で思考型のみを取り上げると、外向的タイプにはダーウィン、内向的タイプにはカントを例にそれぞれ挙げているが、この内外の境界は感覚とされている。全く感覚を境界線としているので、知識を抱いている自身の状況を見る際には、感覚の内側、つまり内向的に分類されるのである。

しかし現象学の立場からすれば、抱かれている知識とは、実は外側に位置しているのである。つまりユングは「私は視覚を使って見ている」と表現し、フッサールは「私は視界を見ている」と表現するのである。ユングは視覚の外に多くの関心を示すタイプが外向的で、視覚の内に多くの関心を示すタイプが内向的と分類した形であるが、一方のフッサールは現象を映す視界はそれぞれすべての個人個人にとって外にあるものなのであって、内に支えられた指向的意識によって見られる視界なのだ。もっとも一般的な人々の場合となれば、「私は見ている」と表現する傾向となるため、もはや視覚や視界さえ問題にされることがない意識であり、フッサールよりはユングの理論の方がわかりやすい状態にある。

全く知識論的解釈の領域を開拓し始めたカントが内向的と呼ばれることになったために、フッサールの現象学やマンハイムの知識社会学の研究領域が、ある特定の人々の趣味の領域かのように宣伝され見られるようになったのである。ディルタイ、フッサール、マンハイムと、人それぞれが抱いている知識の多様性を問題とする知識論的関心が広がっていたが、ユングによって人それぞれのタイプの多様性という性格論的な知識の構築化が最優先されることとなってしまったのである。



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  1. 2010/08/27(金) 12:21:34|
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