思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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ない爪を隠したいの巻

「能ある鷹は爪を隠す」と、たびたび耳にする訳だが、能ある猫なんかも爪を隠すらしい。出来れば吾輩も、そんな格好いい爪隠しなんかをやってみたいのだが、しかしもともとそんな能がある爪など吾輩にはない。そんな訳で結局は、「能ある振りして、ない爪隠す」の方を選ばざる負えなくなる吾輩である。さらに困ったことには現実の厳しさのゆえ、こんな吾輩のない爪を隠してみたところで、さほど人々の注意も集まらないのが世の常である。

仕方がないので吾輩からすれば、わざわざ人の視界に映る場所へと出向いては、しきりに顔を洗う素振りなどを試みては、ない爪隠したこの手をアピールをしてはみる。しかしたいていは「かわいい」と言って抱き上げられるか、「チェ」っと横っ腹を蹴られては隅っこに追いやられるのがやっとで、ほんに目が点になる暇さえもない。つまり「これって一体……」といった解説のように、かの取り残された自分を放つ、そんなわずかな香りさえも広がる時間がないのである。

さて吾輩の奮闘努力の悲しみは置いといて、こんな吾輩でも能ある鷹と言うか、能ある猫とやらの存在識別に関しては、危険察知に長けた猫なる性のゆえ、ちょっとばかりの自信がある。

例えば猫の危険察知能力とは、道端における野良猫と見知らぬ人との距離具合でわかる。吾輩どもはいざという時の瞬発力発揮のためか、普段は余計なエネルギーを極力避けるよう、出来る限りの暢気さが義務づけられている。そしてその見知らぬ人が近づこうとする際のあのギリギリの距離まで保つあの丸い体、そう、危険領域に入ったら直ちに逃げれるように上手に丸めた体と、一方では危険が遠のく可能性を見つめた瞬発力節約の計算、そこに猫の危険察知能力の高さが認められるのである。当然、日常に潜む周囲に散りばめられているであろう爪の危険性についても、絶え間なく警戒している猫なのである。

なので「能ある猫は隠れた爪を覗く」とか言う、そんな類の諺が万が一できるのであるならば、鷹のような勇敢な賢さには遠く及ばぬが、賢さの目利き役としては、この吾輩の鼻も少しは高くなるのではないかと期待できる。

そして吾輩の鼻も高くなってくれば、狐さんや狸さんたちのお顔にも少々似てくるので、彼らと等しく、麺類なんかのネーミング参加権も同時に獲得できるであろう。気が早いかも知れないが、うどんとそばは、もう狐さんと狸さんに奪われてしまっているので、吾輩としてはラーメンあたりを狙っている。いやはや、ふと夢が広がったついでに、具は何にしたらよいもんかとあれこれ考えようとも思ったのだが、結局は「猫ラーメン」というネーミングの響きの方が気になり始めてしまう、そんな吾輩である。

……全く、吾輩どもは余計なことは考えず、ひたすら宅配業に専念した方がよいのであろう。



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  1. 2010/08/16(月) 23:00:08|
  2. 隣の猫の目
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