思考の社会学 ~心理学革命~

人それぞれ、様々な個性的思考のもと、論議し生活している。我々は人々に影響を与え、影響を受け、時代が変わってきた。 そんな様々な思考が交錯することで生じる時代変化など、心理学的にまた社会学的に考察する。

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中国に学ぶの巻

干支と言えば、中には知っておられる方々もあろうが、吾輩達の中でも古くから伝わっているのである。

それは昔のある日のこと。神様の使いがそれぞれの動物さんたちに干支の順番を決める日時を知らせに来たそうで、吾輩達のご先祖様にしても、いつもの平常心を変える気配さえなく、それはもう出来る限りの暢気のままに、寝ながらその知らせを聞いていたそうだ。その後、ぱっちりと目を覚ました際には、「まあそうめったにないことだから、ここは手際よく一番を戴くことにしよう」と、ふと思い付いたらしい。ところが何せ、日頃の守らなければならないお昼寝という習慣に集中していたこともあり、ただただ軽く聞いていたため、全く聞いたはずの日時が思い出せない。仕方がないので、さっそく鼠さんの捕獲に向かっては取引をし、日時を教えてもらったかわりに逃がしてやった。数日たったその鼠さんに教わった当日のこと、神様の元へと早くから出掛けた吾輩たちのご先祖様である。「しめしめ誰もいない、一番確定だ!」と思いきや、いくら時が過ぎても誰も来ない。ちょっこら何かの用事で家から出てきた神様に事情を聞けば、すでに干支の順番づけは昨日決められたそうで、一番を獲得したのはみなさんご存知、鼠さんだったというお話だ。

それは吾輩たちの、そんな狙い澄ましたチャッカリ者という長所も、その特技をいいことに自惚れてしまうと、知らぬ間に反対のウッカリ者にされてしまうと言った教訓手引の物語である。実際、神様はこの点をよ~く反省するようにと、それ以来、吾輩たちには頻繁に顔を洗う習性とやらを備えつけたらしい。

ともかく吾輩たちと鼠さんとの関わりには古くからの歴史がある。紐解けば、この干支の逸話といい、ドラえもん耳なし事件といい、必ずしも弱肉強食の法則が成り立つとは限らず、うかうかと自身の才能に甘んじてはいられないのである。

そんな訳で吾輩も、自然と勉学に励むことになる。まずは自分自身を知らなければならぬぞと漢和辞典を開けば、「猫」という漢字がある。獣ヘんに「苗」、「苗」と言うことは稲に成りうる可能性を秘めたる存在かと、自覚も芽生える。しかし今日日本のパン食の増大を見ると、時代に逆行している感じがしてきて、せっかく芽生えたやる気も何やら半減してくるが、どうせ「稲」となれば食べられてしまうのであるから、吾輩とすれば、もう米食かパン食かの問題はどうでもよい。

さらに調べるて行くと、「苗」に「手」が付くと「描」になる。吾輩も掌を手前側にして見つめること、この手が獣に取って代れば「猫」から「描」になるのかと、再度辞書に視線を移しては考えてみた。

なるほど、吾輩も鼠を追い回す獣性などは今日限り捨て去り、めまぐるしく変わる現代社会の中、猫の手も借りたいほどしい方々の、心亡くしてれてしまった数々の風景、多忙知らずの暢気なる吾輩が、この世の真実を描いては、人々のくしてしまったの穴を埋めるがわが使命かと、誰から頼まれるもなく、熱く燃える次第である。



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  1. 2010/08/16(月) 01:56:22|
  2. 隣の猫の目
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